タマシギ♀のイケイケ日記

野鳥図鑑画家の夫と35年。喘息と不思議な糖尿病抱えつつ、西へ東へ。きよしくん・演歌・“ポケ森”・ツムツム、ときどきダイエット…。 AB型申年蟹座オンナの爆走の日々を綴ります。

January 2005

何だか大車輪

夕方の東京医科歯科の前にベクトルさんにも寄ったりするので何だか慌しく
一日走り回っておりました。

病院は私と次男の受診だったので帰りはいつものとおり御茶ノ水デート。何だか外に出るとやたらえばる息子。今日は神田まで足を伸ばし、行きたかった「空」というラーメンやさんに昨日とうってかわっておいしく店の感じもよいラーメン。久しぶりにアツアツのスープのラーメンに会いました。

って気づくともう1月も終わりじゃない!?
紅白からもう一ヶ月!?ウソ!

千葉県支部の総会へ&ラーメンに金属片

Sちゃまこと東京支部の西村支部長…じつは思いっきりの中西悟堂フェチ。中西翁は日本野鳥の会創設者の一人ですがまぁある意味とても人間臭い人で→俗物という意味で、友人としてお付き合いしたい人ではありません!→いろんな意味での伝説の人で、眞ちゃまもここ6年莫大な投資をして、古本・古地図を収集中西翁の足跡を辿っているのですが、そこに敬愛する千葉県支部のS氏から「総会で話を…」とお招きされ。で、いくらS氏をお兄様と呼ぶ私でも、これは関係ないかしらんと思ってたら、濡れた子犬のような目で眞ちゃまに見つめられ、付き人として参戦して参りました。

Sちゃま、資料多すぎて、阿佐ヶ谷駅着20分の遅れ。
奥方には「トラックで行くんじゃないんだからぁ」と言われたほどの資料
引きずって。で、私は新年初顔合わせっぽい意味もあるかしらんといつものようにYちゃんに着物着させてもらって待機していてべべ着たオンナに荷物持たししちゃいけないわ、ぷん!

で船橋までえっちらおっちら。ついてお昼をさっと食べてそして会場へ。途中ホテル街など通り抜け。可笑しいよなぁ公演用に正装した眞ちゃまと着物姿のあたしが、大荷物でこういう場所を通過すること自体、なんだか不思議。

で総会はとてもいい感じで進んでいる中、指定された時間に到着。
直前にお兄様から「いまどこ?」メールが入っていたらしいけど
送った瞬間に私が入っていったからとっても驚いてました。一本だな!

さて講演…Sちゃまの話は散りじりになりやすいので、付き人としては
ブロックサインも決め、資料も並べしてスタンバイ!ところがいざ始ってみると、時計も、レジュメも、私も見ずにSちゃま大暴走。
お兄様苦笑いの中50分の予定を大幅に伸ばして、爆笑に次ぐ爆笑のうち
無事終了ということになりました。中西翁もさぞお喜び。

そのあとオークションなどもあり、重い資料のほかに大荷物抱え帰りは船橋ラーメン横丁へ。葛西の名店と呼ばれる「ち○き屋」にさすがにおいしかったものの、麺の最後の一すくいに、何やら光るもの金属ダワシの破片が麺に食い込んで…良かった食べる前で。で、姉ちゃんにクレーム言ったら、奥から店主が出てきて黙って外の自販機に行って、黙ってお金返してきました。日本の人じゃなくたって「どうもすいませんでした!」くらい言わないか!?ちなみに彼は奥でお金返して…みたいな話してたから、日本語は使えるんだわ。最低!!
ちなみに○に入る文字は「ば」です。

新宿で眞ちゃまと分かれて閉店間際の高島屋へ。和装用冬コートが75%弾きの値段で売っていたのでゲット!これで温かい着物ライフ楽しめるかな?

ババシャツ買いに荻窪まで

荻窪郵便局に行く用事があって歩いて行って、ババシャツも欲しかったのでそのまんま荻窪に歩いて行ってみました。
25分かなぁ。きよしくんお仲間で茅ヶ埼のKちゃんが毎日仕事場への往復を20分ずつ歩いたら8キロやせた!というのを鵜呑みにしてのチャレンジです。

で、ババシャツ…私は一生買うまいと思っていたのです。
寒いといつも絹物のTしゃつ代用していたのですが着物は身八つ口→脇の下ですね→風が入ってきて寒いのです
群ようこさんの「着物365日」という毎日を着物で生活挑戦というなんとも果敢なテーマの本があるのですが、1月2月の群さんは寒さと、寒さから来る喉の赤みとの闘い1色。着物を楽しむ前に寒さに萎縮する光景が切々と綴られていて、開眼したのが「ババシャツによる暖をとる」ことだったとありまして…

東京支部の新年会の肉冷えを機にババシャツトライ!であります。
ババシャツ…百花繚乱!ベージュの寂しげな色ばかりと思っていた私の認識不足。赤もピンクも黄色も黒も!
ゴージャスなレースつきも、きれいなタックつきもあって驚き!!

この光景をみて思い出したのは…昔、日本中央競馬会にいたころパソコン→いま考えるとどこがパーソナルなんだぁというデカさ→導入された時があって、今でこそ周辺グッズは充実しているけれど当時はホント何もなくって。どれで女性用のストッキングがホコリとりにいいと誰かが聞き込んできて…で部署で唯一のいい娘だったあたくしにご指名があり。私は伝染したパンスト夜なべでみっけて持って行ったんですね。親切心で。黒とか茶色とかベージュが一番多かったかなぁ。

そしたら怒るのみんなもっと「ぴんくぅ」とか「はながらぁ」とかはないのかって。素人の娘でそんなもん嬉々として履いてるやつなんていないもの当時。
で、しょうがなくってぶつぶつ言いながらそのじみぃなストッキングで
はたきつくってしばらく使ってましたけどね。
で私の中のババシャツイメージは当時の私のストッキングの色目で
止まったままだったのでもうびっくり!

でも結局は淡い卵色にしました〜着物から真っ赤とか真っ黒みえたら
何かいやじゃない?

さて、25分歩いて帰りはバスで帰ると…私の胃袋は活発に動きはじめ
何だか逆効果ってことがわかりました〜

キレイな○○&フクロウ展

昨年申し込んで依頼ずっと放ってあった「子宮ガン」検診行って参りました。なんといっても1月31日までなのです。有効期限が。で、いつもの病院は予約満杯でダメだったので、近所の病院へ。
組織検査以外はハナマル「キレイな子宮」というものがあるのを初めて知りました。なんだか誉められても嬉しくないような。でも、お友達で子宮ガンで苦しんだ子もいるので、喜ばしいことではあるのですよ、もちろん…

帰ったら銀座画廊「響き」のオーナーさんから2回電話が入っていて3月に個展をしませんか?というお話をいただきました。
一昨年11月にも1ヶ月近くさせていただいたことがあるのですが、その時は準備期間が5日間で不眠不休で準備するという荒業で、なにもかも悔いが残る会だったのです。
でも今回は1ヶ月あるし、関係する皆さんにお伺いたてたらご協力いただけそうなので、3月1日から19日まで「フクロウ展-2005」をさせていただくことにしました
テーマは昨年と同じになるのですがこれはオーナーのご意向。
がんばらなくちゃね

あらら、風邪?

昨日の二の腕の肉冷えが原因かなぁ。何だか寒気がして…
それでもお米がなくて大飢饉なので、クイーンズまでリュック背負って
行ってきました。5キロで1800円っていうお米どうなのかなぁ
と思いつつ背負ってきました。近いとはいえ、5キロは重いっす

東京支部の新年会へ

今日は日本野鳥の会東京支部の新年会ということで、一緒に行くことになっていたベクトルのSさんにお願いして着物をを着させてもらいました。

着物は上田紬→ヤフオクで○千円と、草木染め小紋→ヤフオクで2600円の両方を持って行ったのです。前の晩、男衆3人の意見を聞いて上田紬本命だったのですが、ベクトルのお姉さんたちが草木染めの方がいいわよ〜はっきりして〜と。で素直に着せていました。Sさんは日舞の名取さんなのでちょっと粋に着付けてくれた…はずなのに…なんだか体格良すぎて暑苦しい私です。
帯はこれまたヤフオクで落としたフクロウの切り張りというあっぷりけみたいな感じで黄色地の縞に枝に停まったフクロウがいるものです。

新年会はとっても和やかな感じ。鳥好きさんたちの会だけあってオークションも鳥関係のものが多くて楽しいひと時でした。
会の参加者の人は皆さん喜んでくださって、「帯だけ」写真を…と言ってくださる方も。帯だけ…くすん…。
着物の本には「着物は自分の着たいものを…帯は相手に合わせて」と書いてあります。なるほど〜っと思ったしだい。

でも二の腕肉冷えして寒かったなぁ。何とかしなきゃ。

小林幸子さんのあの紅白の衣装をナマで!

這うようにして整体に行って「ズタボロ」です〜と言われちゃった。
精神的に緊張したことありましたか?と先生に聞かれ「思いっきリ!」と答えた私。Mさんのお葬式前後の凹みはカラダにまんま表れてました。

高司ともどもほぐして頂いてで、渋谷へ。

南口の「櫻坂」で極めて質の高いラーメンとであってご機嫌な状態でHKホールへ。並びたくなくてゆっくり行ったのですが…30分は並ぶことに
冬だと皆動作がゆっくりなのですね…今日は3階左サイドのつきでたところけっこう見やすい席でした。テーマは「女ざかりのうた」
そうそうたる「女ざかり」の女性歌手陣のなかに、男盛りにはまだ間のあるきよしくんがぽつり一人。食べられちゃうんじゃないかと心配でした。

今日は13人フルメンバー揃った女子十二楽坊と一緒に「蘇州夜曲」を伸びのある声で歌ってくれました。きよしくんの声質に服部良一作品はとても合っているように思います。この曲は初披露です…きよしくんは緊張すると唇がラーメン大好き小池さんみたいになるのですが…
今夜もまさにそう…間奏ではかなり緊張しまくってました。

そしてハイライトは!!封印していた小林幸子の紅白の衣装公開!です。
いままでテレビで観るたびにどんなもん?と思っていたのですが…
え〜と…衣装というより大道具ですね。セットにはまり込んで歌っている
というかんじでしょうか?NHKホール自体が実際はけっこうコンパクトなつくりなのです。
当然ステージもテレビで映る大きさよりもかなり小さめな印象。そこで空気で膨らんだオブジエが出てきたりなんだか羽が沸いてきたり…
といっても「え、あ、まぁ」みたいな感じでした。
本人が感激してるほど客席は盛り上がってなかったぞ。
すくなくともきよしくんが出てきたときのような熱狂的ウエルカムモードではありませんでした。

歌のプレゼントコーナーではきよしくん新曲「初恋列車」を披露。
初恋探しは自分探しの旅…とツアーで語り始めたのですが、それが、どんどん進化してきていて、お〜深いところで捕らえてみてるのね!と感心。いいの新曲これで?というような心配な曲なのですが、でも口ずさんじゃっているんだなぁ、やばいかも。

よこすかの反動でニートな一日

気合でどこか行った次の日は家に立てこもるようなこの頃の行動パターン。何だかなぁ。半年ほど前に同じ年のSmちゃんが「この頃でかけると次の日よう出歩けけへんねん」と言ってたのを「それってばばぁじゃない?」と突っ込んでた私。
ごめんmちゃん、わたしもすっかりそのパターンざんす。やれやれ…

で、おうちのことをぼんやりとしながら古いCDなどを聞いておりました
「青春年鑑’67」という高司二十歳の頃のヒット曲がぎゅっと
詰まったアルバムなのですが、まぁ私が小学生高学年のころの歌だし
懐かしいというよりどうしたもんだか…という感じなのですが。

よく思い起こしてみると玖保キリコさんの「シニカルヒステリーアワー」
にでてくる小学生の子供のように歌謡曲に対していっぱしの
口利いていたの思い出しましたね〜

当時、机と椅子でバリケードを組んで圧勝記録更新中だった
世田谷区立松沢小学校6年4組女子グループのトップだった私。
抗争相手だった男の子のボスだったでかいHくんと
「橋幸夫がレコード大賞とったのは絶対変!」「何かが動いてる!」と
思いっきり盛り上がり、抗争にかげりがでたりしたもんでした。

父が伊東ゆかりさんが好きと話したら、お姉さんが読んでいた「明星」の
おまけの「伊東ゆかり・朝のくちづけかーど」なるものを大事そうに
くれたKちゃんって子もいましたね。ゆかりさんのキスマークぶちゅって
ついているの。父が喜ぶと思ってあげたらタコのように真っ赤になって
何故か怒られて。

きよしくんの歌。20年後30年後に、懐かしく楽しく思い出しつつ、おかっけを元気で続けてたいものです。

よこすか芸術劇場

気合で横須賀行ってきました。きよしくんです。

でもチケットは価格破壊が起きているようで「いいの?この金額で?」
と思うようなオークション落札しました。きよしくん人気が下火というより、むしろきよしくんのチケットでお金儲けしようとしている人が飽和状態になってきたのかな?と思います。この人たちが行く気も無い「転売目的」だけのチケットを買わなくなったら、ファンクラブで落選ということも少なくなるかもしれません。
買う自分への自己嫌悪も含め、とっても複雑な心境の私です。お安く譲っていただいてありがとう…がまずなのでしょうけれど。

で、きよしくん♪声の伸びも良いし、嬉しそうに歌ってくれたし、もうそれだけで満足でした。
3月に新宿コマの座長公演があるのでことしはすごく変則的なコンサートツアーで、関東はあと八王子くらいで春まではないのです。
これは行くしかないでしょう。遠かったけれど。
寒い中歩いて横須賀中央までオークションで知り合ったSさんと「支那そば」へ。ここはラーメン界の鬼と呼ばれる佐野某氏ののれんわけの店です。以前高司と来たときには塩にしたのですが、今日は味噌で。麺とスープのからみがさすがでした。

それにしても会場のある汐入から横須賀中央をつなぐ商店街「どぶいた通り」ちょっとお洒落で、異国情緒があって、名前変えるわけにはいかないのでしょうが不思議な感じでした。

そう!発砲事件っぽいものがあったのか獣医医院にたくさんの
おまわりさんやパトカーが。何で?以降高司の推理
「ヤクザの情婦があずけたプードルが医療ミスで死んでのお礼参りじゃない?」
プードルというところがポイントだそうです。あほくさ!

凹むなぁ

Mさんの亡くなったことは思いのほかガツンときているようで
一日思いっきり呆けていました。

いかんなぁ、せっかく生きているのになぁ

カラスの群れが…

今日はMさんの告別式。

一緒に伺う筈だった高司が朝から風邪っぽくて眩暈がする〜頭の中を水が廻ってる〜というので、捨て置いて私だけ黒ずくめで出かけました。高司は10年以上も前に鼓膜の手術をしていてそれからどうも体調崩しかけると激しい眩暈が起きるのです

で、東京駅でNPと待ち合わせて上尾に一緒にいきました。
NPが入院していた途中で、Mさんが発病し、少し小康状態になったとき
二人は会っているのです。長いこと一緒に仕事をしていて、NPは「まさかボクが彼の骨を拾うようになるなんて思わなかった」とつぶやいていました。

病気って分からないし、人生って分からないと思います。治った症例がないと言われたNPは奇跡的に復活して、少ない可能性ながらその可能性に
賭けたMさんは逝ってしまった。病気のタイプは違うけれど、そしてどちらもいろいろなラッキーが重なっていたのにも関わらず。ともかく無念です。
多くの人がお別れに来ていて若すぎる死を惜しんで号泣していました。
彼が空に戻るのを待っているときにEさんとすこしゆっくりお話できました。

「不思議といやな思いは残っていない」という言葉に家族全員で、彼の病気と闘って支えてきた日々がわかりました。全力投球だったのですね。なくなる日にホスピスで、ホスピス始って以来という「カモのお話会」をして、他の患者さんが大喜びして質問もでて…盛り上がったのだそうです。
NHKラジオにも鳥のお話でしょっちゅう出ていた彼のお話なら、楽しかったでしょうね…。
疲れたのか、夜、看護婦さんが気づいたときには…
ということだったらしい。

ラーメン好きだった彼のために「弔いラーメン」にいこうね…と約束しました。話をしている最中に窓の外の田園風景に、いきなりカラスの群れがふわふわと怪しい飛び方をしながらやって来ました。
誰かが「Mさんがカラスからかっているのよ」と言いました。そうだね…
みんなに洒落たサヨナラをして彼は行ってしまいました。

不調の高司をみなさん散々心配してくださって「もっと大事にしなきゃ」
「長生きさせて」と言われ、じゃ…と、いなり寿司とケーキとバナナ買って帰ったら薬飲んで爆睡したのが効いたのか、思いっきりすっきりしてのお出迎え。

ま、良かったかこと。そんなことと思いバナナ無農薬栽培だけど「見切り品」の55円でご勘弁。

家族

大宮で用事をたしてから上尾に。

Mさんのお通夜だけれど、お通夜には行かれないので早めにお別れに…
奥さんのEさんが駆け寄ってきて肩を抱きながら泣きました。
彼にとっても激動の一年だけれど、彼女にとっても、すごくすごく大変な一年。よくがんばったね…もこれからはがんばりすぎないでとしか言えませんでした。
これからのことを思うと不安だろうし、これからこども二人育てあげなきゃいけないのだし。でも今彼女が頑張りすぎて何かあったら、子供たちの「親」はいなくなっちゃうのだから…
残された18歳と15歳の息子たち
とても立派に落ち着いてみえました。彼はいい家族を残したのですね

そして夜は「谷口高司と野鳥を楽しむ会」の初めての定例室内例会。今年から毎月第3木曜日の夜に、杉並区の施設をお借りして開催することになったのです。上尾から駆けつけるとお馴染みの皆さんがいてくださってすごくほっとしました。
私たちにとって笑顔で待っていてくださる会員の方々はある意味家族みたいなものなのかもしれません。
ヨン様がファンのことを家族…と言っているのを聞いたとき「?」と思ったけれど、本当にそうだなぁと。

この会はOさんという方からのリクエストで恐る恐るはじめたものです
「アート:芸術」として鳥の絵を教える方はおおいでしょうが…高司はアーティストではなくてイラストレーターなので「観察=正しく情報の詰まった鳥を描く」ことしかお教えできないのだけれど、でも皆さん熱心に描いてくださるので、テキストもだんだんと進化をしそれがこの春出す予定の本にも繋がって、ありがたいばかりです。

ただね、2月の室内例会の御題を「ペリカン」にしたら大ブーイング。
だったので今から再検討しなきゃ。可愛いと思ったけれど、いけてなかったみたいです。

お友達の逝去

48歳同じ年の元日本野鳥の会の職員だったMさんが亡くなったという
メールで、一日があけました。

去年の今頃はとっても元気だったのに、膵臓がんで手術もして頑張っていたのに。
子供たちが同じような年でなにかと気をかけてかけてくれた彼。
川越で一日3軒ラーメン店に連れて行ってくれたのも彼でしたねぇ。
情報交換しつつラーメン話を楽しんでたのに。
手術後はラーメン食べられなくなったと言っていたので、元気になったら
行こうね!と話してたのに。
新しく会社立ち上げたばかりで志半ばで逝ってしまって悔しいだろうなぁ。
昨日のお昼にはカモのお話をホスピスでしていたほど落ち着いていたらしいのに急変したとのこと。残された家族も心配…

思いっきり凹んでしまったら、肺も凹んだようで今日はすごっくひさしぶりに、でっかい点滴になってしまいました。帰りにMさんに一押しだと言っていた高円寺のラーメン屋さんに一人で行って。ラーメン供養ってあるのかな?
分からないけれど。すごくインパクトのあるラーメンなのに、まともに味わえず。

でもね、ともかく、毎日ご飯食べられることに感謝して。と。

皇居東御苑&千葉で初きよしくん

9時半大手町駅C−4で集合の杉並の観察会下見だったのですが、中野駅で、乗っていた東西線がいきなり車庫に入ったり、次の電車が全然来なかったりで12分泣きそうでした。
私だけじゃなくてみんなイライラしてましたねぇ。でも丸の内線組も信号故障だったとかで、そのうえ大手町って意味も無く広い構内でたどりつくまで必死でした。

東御苑は大手門から入って、ゆったりと坂を上がると武蔵野の雑木林のようなところや、各県の木が植えてあるところなどがあって、とても静かでキレイなところです。
ノスリやオオタカもちらとでてご機嫌でした。
ただ日陰は限りなく寒い。風も冷たい。午後にきよしくんのコンサートが
なければ萎えちゃうくらいの最悪の体調でしたが、何とかね。
鳥はそんなにいなくても、木の芽を見ても楽しいし。
本番2月1日がお天気になってくれさえすれば◎ですね

で、皆様とおいとましてから東京駅目指してひたすら歩きまして30分近くで到着。待ち合わせ場所で、国際フォーラムも一緒に行ったRさんと千葉へ。
お昼は千葉でと思ったのですが…美味しいラーメンは千葉駅周辺に事前リサーチではなくって、結局そごうの「飛騨高山物産展」で黒カレーなるものと甚五郎ラーメンを食べました。ラーメンはおやつなのだそうで、とっても軽い味わい。黒カレーは天板でカレー粉を炒るのが特長とかで、なんともスパイシーな不思議な味でした。

会場の千葉県文化会館は駅からバスや、モノレールで行くところ。
知らないで一昨年歩いてしまって往生こいたので今日は手堅くバスです。
お城の形をした郷土館のとなりにたっているなんとも手ごろな大きさの会館。
見やすいですね〜

国際フォーラムから1ヶ月と3日ぶりの生きよしくん。なんだ嬉しそうに
ステージ登場で、きよしくんコンサート大好きなのがよっくわかります
ファンしか来てないものね、劇場での座長公演と違って。大盛り上がり。
MCも今までで最長じゃない?というほどお正月の話とか韓国の話とか
してました。「まぁこれだけ語れるようになって…」と親戚のおばさんの
心地であります。
席はいい席じゃなくても同じ空間にいるだけで幸せ♪
今日の千葉を皮切りに、3月新宿コマ、8月中日劇場の座長公演を
はさんで、ツアーが始るわけで。ここはおさえなきゃ!というファンの
気合と、きよしくんの絶好調の喉で、完璧!なコンサートでありました。

吸入器握り締めて、吸いながら参加するか?という話は置いておいて…っと。

初点滴&スペシャルオリンピック目前

肺の具合がかぎりなぁく悪い状態になりそうなので、今年一発目の点滴をしに新中野の病院まで。こぶりの一発でなんとか息を整えて。

今日はバードライフアジアのニューズレター発行のお手伝い。スタッフのMちゃんと新宿御苑経由印刷機をお借りしている南青山の会社まで行って。黙々と刷って折って。
2月26日から長野で「スペシャルオリンピック」が開催されるというのをこの会社に伺った去年の夏に初めて知りました。
スペシャルオリンピックのいろいろなサポートをしている会社でポスターやグッズがいっぱいあります。。
知的障害者の人たちのオリンピック。パラリンピックとはまた違いこれはこれですごく有意義な会なのですね。会期は8日間。もっといろんなところで露出してくれば良いのにと思います

いつもお借りしている事務所も活気ついていて、私はなんだか中央競馬会にいた時のダービー前夜とかジャパンカップ受け入れ直前の同じ空気を感じました。
本番前、同じ目標に向かっていくなんとも心地よい緊張感。
久方忘れていた空気にふれてちょっと元気になったかな?
A3版両面3枚刷りで200部ちょっと刷って折って…結局晩御飯は
閉店10分前新宿御苑のウインディズでチーズバーガー。

事務所で別の会議があって待っていてくれてた高司と帰りは荻窪から徒歩で帰宅でありました。深夜バスまですごく待たなきゃいけない時間で、凍えながら待つよりも歩こうか…と喘息もちのやることじゃない?

受験票の次はお弁当…

昨夜の騒ぎが無かったふりで、長男を見送って…10分ぐらいで、携帯からメール「お弁当忘れました。何か買います」ぎえっ!ホントに忘れてるよ〜カツ系の弁当だぜとか思っていたのに。
調理パンがいいというのでワザワザ昨夜カレー粉ともどもクイーンズまで行って買ってきたパン様、そのまんまテーブルに愕然。

で、また30分ぐらいしたら「受験票ありました。すみません。」
というメール。おいおいおい!
結局は机の上に置きッぱにしてご帰還だったわけですね…バカタレが。などと思いつつ、私も中学受験の受験票がなくて騒いでくしゃくしゃで出てきて母親に大目玉喰らったのを思い出しました。
でもなぁ12歳と19歳じゃ、ちょっとは大目に見てよね。

昨夜の買出しが応えたのか、どうも肺の調子が悪く。発作の予感。
ひたすら家で静かに暮らしておりました。

センター試験&カツカレー

去年の数分の一に激減したとはいえ、センター試験目前のこの2週間ほど
長男は明らかに精神的に不安定でしたが、
ま、今日明日でとりあえずはね。センター初日、今日は外国語ということで得意分野なのか足取り軽くでかけていきました。幸い雪でもなかったし。
帰ってきてからも極めてご機嫌。ま、彼は試験後はいつもご機嫌だけど。
で、急にカレーが食べたいと言い出して、しゃぁないお母さんすでに雨がミゾレとなっている中クイーンズまで行ってきました。6時半にパク・ヨンハの出てるミュージックフェア見終えて大急ぎでカレーの下準備してから小走りで!
寒いっす!カレールーの他に明日は篭城覚悟!っとクイーンズ走り回るけど土曜日はこの時間私の大好きな50%OFFシールはまだなのね。ぷん!

でもでも7時半からはNHKで「そして歌は誕生した」できよしくんがでるのでターボで帰り、お風呂にもちゃぽんとつかって7時半にはテレビの前に座ってました…愛のチカラだわ!それにしても一番視聴率とれそうな
30分びっちりきよしくんで流すなんてNHKあざといんじゃない?

晩御飯もちろん受験生ならカツカレーですねぇ!ま一応の縁起担ぎですけどさぁ寝ましょうかというときに、長男の「無い!」という雄たけび
センター試験の受験票をどっかやっちゃったらしい!!バカだぁ〜
ま、怒鳴る気も叱る気も無く…一番騒ぎそうな高司には口を開くなと厳命
だってイライラするんだもん…高司の慌てっぷりは私たち母子にとっては
すごっく不安定要素なので。で、私は「銘仙」の本を読み、高司は寝たふりをし次男は小さくテレビをつけ…と長男が落ち着くのを待ち。

ネットで再発行が可能と分かったら何とかほっとしたものの。ぐったり〜〜

BLA→とんかつ三太

今日は朝からお仕事?お友達NPの事務所のニューズレターの編集会議です。
1時間半ほどいろんなお話をしてから事務所をでて次男と新宿のビックカメラで待ち合わせ。まぁだPSPに未練たらたらの彼。今日は学校半ドンなので合流。幾つか店を廻ってみても入荷未定で撃沈。

おなかもすいてきたので、もと三越新館:現 大塚家具となりの「トンカツ三太」へ。ここは末広町にお店があったときから父に連れられて来ていたお店。都営新宿線ができるのでこの場所に移ってきたの古いお店では先代が揚げて、奥さんがレジに座りながら大きな食パンを手で裂いて特性パン粉を作っていて、私はここのクリームコロッケが世界で一番美味しいもの!っと小さいときから信じて疑わなかったほど、美味しい。ともかく歯ごたえのあるサクサクの衣の中からひき肉がいっぱい入ったクリームがとろっとでてきてそれをこのお店特性のソースで頂くのだけれど、大きくなったいまでも…大きいっていうかまあトウがたちすぎた今でも、ここの味を思い出すと幸せになる。

先代が亡くなったり、私が中央競馬会に勤めたって聞いて喜んでくれた板長さんががんで急逝したり、息子たちもここの味が気に入ってくれて嬉しかったり私の初めてできた韓国のお友達とランチしたり…思い出の詰まったお店だけれど、去年は新宿を駆け足で通り過ぎることが多くて一度も来ていなかったので。

地下で揚げたてをいただいてデザート食べていたら、今の板長さんが降りてきてくれました。この方はずっと黙々とマジメにお仕事される方で…おそらく30年以上このお店にいる方。「お父さんお母さんはお元気ですか?」と。「年をとって揚げ物が難しい胃袋になってしまって…」といろんなお話をしながら、私たち家族のことを覚えてくれているひとがいる幸せをしみじみと噛み締める。

偏屈と頑固の塊で老親は元気だけれど、黄泉の国へ行っちゃたらこういうときに思いっきりほろりとしちゃうんだろうなぁ
それにしてもここのランチのお得なこと!美味しいコロッケ3個に、食べ放題のご飯とキャベツがつき、お椀・お漬物・デザートで思いっきり満腹になって「チーン♪」900円也。カツ定食だって1000円だもの…
それにしてもラーメンって高いんだわ〜三太の良心と歴史が詰まった味を考えると、ラーメンって値段も態度もたかびーな店が多すぎかもな

どんたくのつもりが…

弟のお嫁ちゃんから服いっぱいありがとうとお礼のメールが来て、電話して、頂き物のTシャツやらの補足説明。福袋みたいで嬉しいです〜といわれ
お役に立てばと、ちょっと安心。弟の所の一人息子ちゃんはうちといっょでコンパクトなサイズなので、ちょうどいい感じ。買うブランドも同じなので→アトピーがあるので綿100%製品主力というと限られるのですね…→まこれで一件落着。

と思い実家に電話をしたら…父の眼底出血が芳しくなく、先生が「日常生活も大変でしょう?」などと言ったものだから、さぁ大変!状態になっていて。母もどうしていいのやら。
モードになっていました。目が見えなくなりつつあるのは不安だろうけれど、これは年のせいなのでしょうがない部分も多々。なのですが年のせいというと怒り狂うわけです父は。そんなことで怒るエネルギーがあるなら
家でぐちぐち言ってる間に散歩でもいけ!と思うほど。正直うざい!!
定年前の父が一番いやがる年寄り「家にずっといて、趣味は病院通いで
病気のことしかいわない年寄り」に成り果てていることすら気づいていない。
それも情けない。ボケてるわけじゃないのにね。

でも、母のグチを聞いていてもはじまらないので、介護保険の申請方法等
府中市役所に聞いてみたら、なんだか杉並よりスピーディな感じ。
だったら今も保険料払っているのだし、申請して手すりやらなにやら
つけて貰えばいいなじゃないか、ケアマネージャーさんに話を聞いてもらうだけでも母の煮詰まり具合が軽減されるんじゃないか?などと思って再度実家に電話をまぁ…そこから先は手をつけられない状態でした。

「そんな人に家に入ってもらっては困る」「本当のことは言えない」
「世間が何というか」「そんなもんの世話にはならぬ」
目の不自由な年寄りが住んでいることを行政側に知っておいて貰うこと
は何の損も無い、守秘義務がある、世間はあんたたちが何しようと誰も
気になんかしていない、世話にならぬと言った口での去年の入院騒ぎでの
世話になりぶりは何だったんだ!?もう怒鳴りあい。

偏屈な父に頑固な母。勝手にすればと怒り心頭でありました。
そんな偏見のもと保険料払い続けてたわけ?介護って言葉がそんなにいや?
今96歳の姑も数年前、全く同じ暴れ狂い方をしましたね〜でもいまじゃ
各種サービスを嬉々として受けています。払う義務と、受ける権利ですね
そのあたりを、あれだけ伏線としてこの数年話しておいたのに全く理解してない!

夜に弟と作戦会議。ともかく近々強襲して、いろんな話をしようとは
なりましたが。なんだかバカバカしいエネルギーを使いすぎてぐったりでした。

寒くてどんたく

覇気が全くなくてすみません。家で呆けておりました。

とはいえ、センター試験目前の長男がいるので一応おかあさんしてご飯とかはちゃんとね。後は高司の絹のズボン下:股引:ももちゃんがもう一枚どこかにあったなぁと捜索していたら…子供たちの洋服が一箱でてきてびっくり!シーズン終わりの駆け込みセールで買っていたのをしまいこんですっかり忘れていたのです〜
作文とか絵とかの箱と思い込んでいた私。買ったようなきがするけどやっぱやめたのかなぁ?なんてぼ〜っとして2年は軽くたってる代物。
当然こどもはでかくなり着れるかどうかは微妙な大きさ。なので、手付かずのうちに弟のとこに頼んでもらってもらうことにしました。ボケボケだわ!

それにしてもドンタクってどんな字を書くのかな?呑宅?小さい頃母が「今日はドンタク」と嬉しそうに言ってたけど、これは母なりののんびり宣言だったわけですねきっと!
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