タマシギ♀のイケイケ日記

野鳥図鑑画家の夫と35年。喘息と不思議な糖尿病抱えつつ、西へ東へ。きよしくん・演歌・“ポケ森”・ツムツム、ときどきダイエット…。 AB型申年蟹座オンナの爆走の日々を綴ります。

February 2011

いろいろのにっこり

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先日お会いした西村眞一さんから
「俺が日本橋高島屋セミナーの講師ででかけた鎌倉で、一生懸命みつけて買ってきた鳩サブレーはどうした?」
とメールがありました。

こちら、その、鳩サブレーでございます。

8枚入りの箱のうち5枚がおみやげ。
3枚は西村家、我が家には、母の分も含めての5枚です。
母は、西村さのことが優しくて大好きなので、とても喜ぶと思います。

西村さんは、鳥に造詣が深いだけでなく、東京を代表する腕のいい左官職人さんでもあります。左官界の日本選手権のような大会が京都であったときにも西東京代表で、でたほどです。

以前川越にご一緒したときに、彼の建物解説がとても面白かったので、日本橋高島屋セミナーの講座企画を担当されているTさんに、「左官職人さんが語る建物ウオッチングの企画はいかが?」
とお話しをしたら、とても興味をもってくださったのです。

ところが当の本人の西村さんは「俺は鳥なら話せるけどなぁ」と四の五の言って、二の足を踏み倒し。
そこを無理やりTさんにお願いし半年後に開講していただいたところ、大好評。

今では常連のお客様がつく、立派な講座へと進化しました。嬉しい限りです。
もちろん西村さんの職人としての知識と、サービス精神、情報収集の努力、探鳥会同様の小道具御披露…と様々な努力の賜物ではあるのですが。

去年からは、クラブツーリズムの講座もはじまり、西村さんの鼻の穴は広がりっぱなしですが、時々、ちくっと言ってあげることにしているの。
だれがやれって言ったのか、覚えてる!?ずっとやだって言ってたの誰だったっけ?

という辺りも含めての、鳩サブレさん。
もっと大きい箱で届いてもいい気がしてきた。

それを覗きこんでいるのは、またまた水野青果さんで出会った人参ちゃん。オレンジバニーみたいじゃない?
そしてほっこらとした焼き芋も頂いて…雨もなんも怖いものないくらいの備蓄だぃ。

ぜんそくのはなし・3

【社会人ぜんそく終息〜結婚・出産ぜんそく再来】

出席日数がかなり危なかったものの、なんとか高校を卒業、400名近くいた卒業生の中で、唯一進学も就職もせずに、プーになった私は、マルチな花屋さんを目指して、バイト先の花屋さんだけでなく、いけばな・アートフラワー・パンの花といろいろ挑戦していました。

あるとき、母の勧めで、日本中央競馬会東京競馬場で職員に応募して、何故か就職することになりました。
ここでの仕事は厩舎関係の窓口と、開催業務。いわゆる競馬の準備やらなにやら諸々。他競馬場に出張に行く時は場内放送・競走成績。
緊張する場面はあるものの仕事自体が面白くて、ぜんそくもほとんど出なくなっていました。

なおったのかな〜という油断があったのか、22歳の時1月の東京競馬が終わったあとに風邪をこじらせて緊急入院、そのときお医者様が「肺の状態が悪い。いままで貯まっていた肺の汚物を全部きれいにするまでは退院させません」と言われて2週間、投薬と点滴メインの入院生活をすることになりました。

社会人として2週間も休むというのは、かなり気が引けるものですが、職場の皆さんが良くしてくださって助かりました。
退院後、騎手が入る調整ルームの寮母さんをしてらして比留間りんさんという方が「喘息は怖い病気だから…お願いだからこれ、飲んでみて」と「露恵」という喘息の漢方薬をくださいました。

肺をきれいにしたこと、露恵を飲んだこと、一人暮らしをはじめたこと、何が作用したのかわからないのですが、私の生活から「ぜんそく」が姿をすっかり消していました。
出張も楽しい、おやすみも楽しい、バードウオッチングに出会ったのもこの頃で、いつも喘息の影におびえていた生活をすっかり忘れていました。

28で結婚し、29歳で長男を、33歳間近で次男を出産。
小さい時から薬漬けの生活だったので、不安はあったものの、元気な子が生まれてほっとしたのもつかのま、33歳の9月のある日、いきなり視野が狭く動けなくなり救急車をお願いするはめになりました。

救急隊の人がみえて「あ、喘息発作ですね」と言われるまで、私の脳裏にはぜんそくのぜの字も思い浮かばないほど、私のぜんそくアンテナは遠くへ仕舞ったままでした。

11年ぶりの発作で運ばれたのは当時住んでいたマンションの2軒隣の病院、いま母がお世話になっている梶谷先生の御学友の駒崎先生のところでした。
先生ご自身が小児ぜんそくでお苦しみになったとかで、とても丁寧な治療をしてくださいました。

このぜんそく発作のきっかけは台風。
その年のベスト5に入る大きな台風が3つも、天気図上に出ていたのです。

この発作をきっかけに私のぜんそくとの闘いは、第2ラウンドに突入したのでした。

フランスの街角のねこ

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なんだかアンニュイな雰囲気の2匹ネコのシルエット。

次男が「おかあさん、おみやげ」と買ってきてくれた紅茶の、とっても美しい缶。フランスの「Janat」というブランドのアールグレイです。

我が家は紅茶好きで、特にアールグレイ、大好きなのです。
普段は英国直輸入もののトワイニングのアールグレイがメイン。
英国の紅茶は、日本ほど包装過剰ではなくて、気軽に使えるので、カルディとかで安く売って居たらば大人買いしています。
ベルガモットのあの香りがたまらん!

フランスの紅茶はかなり久しぶり♪
香りが全面にでている、思ったよりも軽い紅茶でした。
うましっ!

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缶の美しさだけでなく、おしゃれなティースプーンもおまけについていたんだって。
美しいの基準も似ているけれど、おまけ好き、というところも似ているのね〜とちょっとにっこり。

新春演歌まつり

きよしくんが所属する長良グループの「新春演歌まつり」
名古屋・大阪に次いでの横浜アリーナでの開催、私は2008年から4回目の参加です。チケットをプレゼントして下さった太っ腹の長良プロに感謝ですね。

山川豊さんのお母さまの訃報直後で、どうなるのかなぁと思っていたのですが、さすがプロ、そんな切ない状況を一切感じさせないステージでした。

きよしくんもすごく気合いが入っていて、いつもならデュエットする相手の方の声量に会わせて歌うところを、今日の山川さんとのデュエット曲は、どれもきよしくんが引っ張っていた印象でした。
こんな非常時にご自身の持ち歌以外を歌うのは、かなり大変なことですものね。
僕がしっかり歌うから…っていう気持ちがすごく出ていた感じでした。

広いアリーナならではの大きなアクションやわかりやすい歌唱、威風堂々の若武者のようで、みていてとても感心したステージでした。
デビュー12年押しも押されぬ大歌手になりつつありますね。

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82歳、横浜アリーナデビュー

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きよしくんの所属プロ、長良プロダクションが運営するnagara33.com
という携帯のサイトがあって、開設当時からずっと登録しているのだけれど、このサイトで時々、チケットのプレゼントがあるの。
今年も横浜アリーナでの「新春演歌祭り」の募集があったので応募したら、ありがたいことに2名分のチケットが頂けるハガキが届きました。

いつもなら当ったお友達同士で連絡をとりあって、昼・夜一緒に見たりするのだけれど、今回は、82歳の母が「音がうるさいんじゃないかしら?」とか「月曜日はデイサービスだし」とか言いながらも、行きたい気むんむんだったので、連れて行くことにしました。

渋谷−菊名間は東横線特急でなんと19分、なので、いつもなら、ひょいひょいとギリギリの時間で出るのですが、今日は3時半開演のところ1時には家を出て母宅に。いつもより1時間早い出発。

けっこうな人ごみの新宿・渋谷を通って菊名経由新横浜、さらに徒歩と、かなり神経を使って横浜アリーナに到着したのが開演40分前。
やっぱ時間はかかるわね〜

そのあと席に辿りつくまでも時間がかかって15分前に着席。
いやいや遠かったこと。

母は場内の人に驚き、霞んでいる空気の悪さに戸惑いながら、会場と同時に点ったペンライトの灯りでいきなりスイッチオン。
きよしくんをはじめとする5名の歌い手さんによる、32曲の熱唱を思い切り堪能していました。

歌に関するの指摘もかなり的確で、ちょっとびっくり。
生きよしくんも数回目なのですが、かなりお気に入りモードで、さらにびっくり。

横浜アリーナは、どうしてもホールコンサートの様な訳にはいかない、ある意味過酷?な環境。ここをクリアしたってことは、これから何処でも連れて行かれるってことだわね。
親子できよしくん行脚もあり、かもしれません。うふ♪

ま、普通に往復するよりも何倍もくたびれた娘の気力があれば、ってことですが。正直、かなりくたびれたなぁ。

セットリストはのちほど…

お誕生日おめでとう

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一日遅れの高司のお誕生日にかこつけて、今晩は津多屋さんのお弁当です。

上石神井まで買い物にでかけたら、津多屋さんの前に人垣が。
いつもの窓口のお姉さまが「谷口さん、今日は開店40周年記念でお弁当30%引きなのよ!」って教えてくださって「おぉ〜♪」
その場で「帰りに寄るからのり弁4個!おねがいしま〜す」と答えてました。

あの!!津多屋さんのおべんとが3割引きなんて超嬉しいサプライズ。
もちろん午前と午後、時間を決めて、4種類のお弁当を個数限定でのことなのですが、こちらのお弁当はおかずも一から全部手作りの、とっても手のかかったものなので、幸せなことこの上ないです〜

お野菜たっぷりのお味噌汁をつけての晩ごはん。

もちろんおかずを息子たちに分配してCal調整はしましたよぉ〜

明日も津多屋さんのスペシャルデーはあるそうです!

まっすぐ

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自然って脅威を感じたり、癒しを感じたりいろいろだけれど、今日一番目を引いたのがこのドウダンツツジ。

ご近所のマンションの植栽なんだけれど、ちょっと陰りかけた太陽の光線に照らされて、とても美しかったの。

天に向かって、真っすぐ一直線に伸びている…
なんだか忘れてしまった「若さ」とか「正義」とかみたいなものを、そこに見ちゃったりして。

いいなぁ若者!!

おしゃれさんなバードウオッチャー

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高司をはじめとして、鳥見の男衆たちは一応に地味。
鳥を驚かさないためっていうけれど、なんていうか、オシャレ心をどっかに置き忘れてきたろぉという人がとても多い。

アースカラーって、色のトーンが一緒だからね、差し色工夫してばっちり決まるってあたりを狙ってほしいけれど、その辺りも難しいのかな?

というところで、私のボーイフレンドのYさん登場です。

このゴクラクチョウも尻尾巻いて逃げちゃうような、ポップないでたち。かなりイケているでしょう?
世界を股にかけて楽しいことを体験しに行くYさん、こないだはアルゼンチンタンゴを聞きにアルゼンチンに行ったんだって!!

今日は、私たちが善福寺公園に居るって聞いて、わざわざお土産を届けに来てくれたの。嬉しいわ〜
そのお届けものが、この枯れた葉っぱを砕いたもの。

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写真は緑に移ってるけど、本物は、もっと枯れたような色。

え?あやしい葉っぱ?え?え?空港、通れたの?え?え?

とびびってると、本場のマテ茶だそうです。

あぁびっくりした。
ティーバッグってかさばるから、葉っぱを買ってきて分けてくれたんですって。
私のマテ茶体験はストレートで、かなりギンギンな感じだったのですが、本場ではミルクを入れたりお砂糖を入れたりする人もいるらしい。
朝、目覚めの一発で飲んで見ようと思います。

このあとYさんは若者の街吉祥寺目指して歩いていっちゃったけど、このいで立ちなら、十戒のように待ちゆく人々が道を開けると思うわ♪

Yさん、わざわざありがとうございました〜

今日の善福寺公園

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今日の観察会は、荻窪の環境情報館・すぎなみ環境ネットワークのご依頼を受けてのもので、西村眞一さんと高司の2人が講師で、区民の方に善福寺公園をご案内。

お申込み人数が予定よりも多く、それはとても嬉しいことなので、ぜひ皆さんにお越しいただいて、となり、2班にわかれての観察会になりました。私もお手伝いで同行です。

上池でオナガガモ・ヒドリガモ・カイツブリ・ゴイサギをじっくり観察し、これから下池に向かいましょう、というところで、蓑毛の美しいダイサギが舞いおりてきて、さらに皆さんと見入っているところです。

ソシンロウバイの花は終わりましたが、紅梅白梅がこれから盛り。

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3月末からはヤナギとサクラ、これから賑やかになることでしょう。

都心の隠れ家のような公園を、ご参加いただいたみなさまにご堪能いただけたでしょうか?
鳥も、自然も生活の中で、ちょっと気にかけて頂けたらいいなぁと思います。2時間おつきあいいただいてありがとうございました。

すぎなみ環境ネットワークのみなさま、企画・お呼びかけなどご尽力いただきありがとうございました。
またこのような楽しい会を開催して頂ければ嬉しいです♪

おはようございます

95a43eca.jpg今日はこれから善福寺公園で杉並区の探鳥会です。
風が強くてさむいですとばされる心配はないけれど。
with from R

64歳になりました。

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この暖かさで、高司も長男も、花粉症のどん底状態。
私はずっと予防薬使ってたから鼻は良いけど、肺はへろへろだしね。
おでかけしなかった次男だけが、難を逃れた感じ。

今日を境に、我が家は帰ってきた瞬間に、全部洋服を脱いで、お風呂場に直行となりました。
合言葉は「花粉、まきちらかすんじゃねぇぞ」
インフルよりも怖いかもの花粉。

花粉が舞おうと、青梅で23度を記録しようと、Sちゃまが鎌倉まで遠征しようと、今日は高司のお誕生日っす。

おかげさまで64歳になった爺やのポーズ。

手には母からの差し入れ、代官山シェ・リュイのドーナツ。

ケーキという年でもないしね…ローソク64本もケーキに立てちゃったら、なんだか怪しいことになりそうだし。
息子たちは父ちゃんの誕生日にはあまり興味ないし。
ま、そんなもん。

本人は、朝一番で、心のふるさと善福寺公園に、明日の観察会の下見に行って、思い切り花粉の洗礼うけて、誕生日ってこともぶっとんでましたけど。

ともかく!花粉に負けず、怖い嫁に負けず、お仕事ぐわんばる64歳としてくださいな。

空をみなよ

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まるまる3日蟄居生活、今日は母が諸々用を済ませたいというので、朝から大車輪。ベランダに出た瞬間に、妙な暖かさに、いきなり発作が起きかけて、吸入薬を吸って出動。

そんなこととは知らぬ母、あそこも、ここも、あっちもいきたい!というモードありありだったのですが、
「今日は4時までには家に帰って、この関東バスの一日乗車券で高司が荻窪に行くから」
と線引き。
具合が悪いというとまた心配しまくるから、そのあたり難しいね。

いやいや、いつもの道の遠いこと。
こんな天気はホントに苦手よ…

母と解散後、見上げた空は、こんな青空ですきっとしてました。
2月の空じゃないね、この青さと、この雲と。

シャ乱Qの名曲に「空をみなよ」という歌があります。
姑の時も、父の介護の時も、やたら空をみていたなぁ。
心の中で鳴り響いているBGMは、もちろん「空をみなよ」でした。

なんだか心が晴れ晴れするんだわ。

ちょっともやもやしている人は、ぜひ、聞いてみてね。

出遅れ〜

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我が家の頂き物のチョコたちです。
バレンタインからどんだけたってるの!?って話ですね。
当然、誰かさんたちの胃袋に収まっちゃって、影も形もなくなったものもあるので、それらの可愛い箱はどうもゴミ箱行きだったらしい。

初動、出遅れですね。頂いた時に写メしておけばよかったわ〜
右京さんがいたら「おやおや、撮っていなかった?君としたことが…」とか言われそう。

なんたっていまだダイエットの身。当然、禁チョコモードなので食べられないものに対しては、ちょぉぉっとテンション低くなりがち。

来年は、なんとかダイエット目標数値達成して、友チョコとか、デコチョコとか、がんばってみたいなぁと思います。

ぜんそくのはなし・2

【小学校〜高校】

小学校に上がってもぜんそくが良くなる気配は全くなくて、特に3年生の頃までは学校を休んでばかり。

私の記憶に鮮明に残るのは、化繊のピンク地に金糸で菊の花を刺繍した掛け布団と、天井の木の模様。本ばかり読んで過ごしてました。

武蔵野医院の先生は「海のそばに引っ越す?」と常々おっしゃっていたの。で、小学校一年の夏休みに伊豆の海にデビューしたら、その晩具合が悪くなって、海との相性が悪いことが分かって凹みました。

電車通学だったのですが、東府中の踏切を走って渡っただけで3日も休む情けなさで、体育は6年間全休でした。歩くのと階段をのぼるのと降りるのと、基本動作は3つだけ、下手すると階段登るのもしんどいくらい。

みんなは体育が楽しいというけれど、左のぽっけにちり紙、右のぽっけにハンカチ入れて、教室の窓の中から見学している私には何が楽しいのかわからずじまい。

小学校6年の時の担任の先生が、「出席日数が足りないと上の学校に行ってもしんどいから」と私立受験を勧めてくれて、なんとなぁく仙川の桐朋女子に入って6年間過ごしました。

学校は楽しいもんなんだ♪と思って、気分が前向きになって、生れてはじめてバレーボールの授業に参加したりしていたのですが…
八ヶ岳合宿では、甲斐大泉と学校寮の道が急な山道で、行くたびに往復死ぬような思いをしました。薬を飲んでも治まらない発作って怖いものなのです。

父が家を新築した高校2年のときに、激しい発作が続いて、半分も学校に通えなくなりました。いま考えればハウスシック症候群だったのでしょうが、当時、化学物質過敏症なんて言葉はまだなかったように思います。

発作を起こすと1昼夜で2Kgは体重が減ります。
苦しくて水も飲めないので、しょうがないのですが、スポーツドリンクがあったらばずいぶんと展開が違っていたのではないかしら。

ぜんそく患者は元気な時しか出歩けない。発作の時はひたすら安静。でもそのギャップが、「おさぼりさん」に見られがち、なかなか理解が得られない病気なのね、というのを痛感しはじめたのもこの頃でした。

小学校の時は国立小児病院でアレルギーのパッチテストを、高校に入ったあたりから狛江の慈恵第3病院耳鼻科で、アレルギー性鼻炎の治療を開始したのですが、アレルギーの原因はわからないまま。

当時は、蕎麦・ダニ・ほこり・花粉などのアレルゲンを一つ一つ背中や腕に注射して反応を見るので、この検査は大嫌いでした。
腕や背中を針穴だらけにして、じぃっと腫れてくるのを待つのですが、結果が出ない…けっこう凹んだものでした。

大人になるとなおる小児ぜんそくとは、やっぱり違うのかぁと、溜息ついたりしていた、花も十八番茶も…の乙女の私だったのです。

カラオケ〜いきたい〜

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カラオケに行きたいけど、この寒さでバスに乗って出かけるのは無理無理〜家でおとなしぃくしていた方が良さげな体調だしね。
昨夜の新宿は寒かった…やっぱ夜で歩くのはダメかもなぁ冬は。

ということでアメーバのお部屋をカラオケルーム仕様にしてみました。
もちろん禁煙!演歌メインでお願いのお部屋。

マイクとかスピーカーとか、長期計画でget。
20枚近くある5×5のスクラッチカードから欲しいテーマの家具があるものを選んで、一日一回削って四隅を攻略してもらって行くの。
お金を払っても手に入らない、ってあたりも面白いところかな?

オンステージ作って、画面の関係で一番奥にある大型テレビは写っていないけれど、大カラオケルームです。
薔薇風呂まで完備しているの、ゴージャスでしょ?

こないだは、お友だちのこりんごちゃんが、オンステージで朗々と?美空ひばりさん、歌ってくれました。
「真っ赤にもぉえた〜太陽だぁからぁ〜」
ピグが歌詞をいうだけなんだけど、節をわかっていると声が聞こえてくるようで、なかなか楽しかったです。

ちなみに奥の宇宙模様のマットは、ピグ2周年記念のラグです。
これも、ゲームの中で頂ける「アメ」をコツコツためてもらいました。
ガサツで大雑把な私が、毎日スクラッチ削ったりアメもらったり、アメーバはいつものとは別世界だわぁ。

韓国海苔とキムチ

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今日は夕方、韓国からソウル大学のL教授がいらして、打ち合わせ。

Npが同席するはずだったので、待ち合わせはいつもの通り新宿西口交番前です。
何故かNpはここでの待ち合わせが「新宿で一番安全」といって好きなのだけれど、そう思ってる人がやたら多いらしくて、ここでの待ち合わせは、待ち人を探しすぎて目つきが悪くなって大変。

しかも言い出しっぺのNpが思い切り風邪ひいてしまって、結局病院との兼ね合いで来られないことになったので、Lせんせを探すの私たち二人。目を皿状態。会えた時はほっとしました。

ハルクの地下の喫茶店でお茶を飲みながら、よもやま話。
奥さまともお友達だし、子どもたちが同じくらいの歳廻りなので、いろいろと報告をしあって、それから、お仕事の話。

まだ形になるものではないけれど、私たちのことを忘れずにいてくれて、いろいろとアプローチをしてきて頂けるのは、とてもありがたい。

それもこれも道筋をつけてくれたNpのおかげ。ありがとね〜
「いいこ、いいこ」と誉めてあげたい時に、風邪でいないんだなぁ。
ってか持病の関係で、あれほど風邪をひくなと言ってるのに…心配だわ。

ともかく…やはり直接あってお話しするのって大事だなぁと、改めて思った次第。
もちろん会話は日本語ですが。お互いにわかろうとする気持ちがあれば、いろんなことは乗り越えられるものです。

写真はいただいた韓国海苔とキムチ。
キムチはね、ぐるぐるぐるぐる巻きのラップの中でパンパンに発酵していたの。剥くのが大変でした。
とってもフルーティなキムチ、ごちそうさまでした!

ぜんそくのはなし・1

【発病から幼稚園】

私が喘息になったのは生後11カ月、肺炎で狛江の慈恵第3病院に入院した後のことだそうです。

もちろん本人に記憶はないのですが、寒くなっても、咳を一つしても、両親の心配そうな目がいつも私に向けられているのを、物心ついたときから敏感に感じてはいました。
咳を何回か続けてすると、親が気構えるというか、くるぞっていうか、そんな感じですね。

当時かかっていたお医者様は、武蔵野医院という町のお医者様で、母に背負われて何回、時間外にこの病院に通ったかわかりません。

診療時間内に行く時は、とても混んでいる病院だったのに、いつも割り込みで先生がみてくださいました。

今考えると怖いのですが、静脈注射の太いので発作止めをゆっくりと呼吸に合わせて打ってもらって、裏のベッドや待合室で安静にして、発作が治まるのを待ったものでした。

先生が
「りつこちゃん、ゆっくり打ってるから大丈夫だよ、こないだも、よその病院でこの注射を早く打って亡くなった人がいたけれど、先生は大丈夫だから」
というのを聞きながら『なんで、病気をよくする注射で人が死ぬんだろう?』と思ったものです。

おそらくかなり心臓に負担のかかる薬だったのですね。
そして先生はご自身でそれを口にすることで、気持ちを落ち着けていたのかもしれません。この先生に診て頂かなければいまの私はいなかったと思います。

幼稚園の入園式も行かれず、皆勤賞は夏休みまでの少ない登園日しかなかったほど、ほんとに良く発作がでていたせいか、私の幼稚園の記憶はとっても少ないのです。

でも、武蔵野医院は、壁や玄関、診察室の光景、匂いまでも、いまでもくっきりと思いだすほど。私の命を守ってくれた揺り籠のような場所でした。

東京都大気汚染医療費助成制度

私が認定を受けたのは、大気汚染医療費助成制度という、東京都独自の制度です。

大気汚染の影響を受けていると推定される疾病=気管支喘息に対する医療費の助成をしていただけるもので
1.気管支喘息もちで 
2.都内に一年以上住んでいて 
3.健康保険に加入している 
4.非喫煙者が対象になります。

私の場合は
1.生後11カ月からずぅっと喘息もちで
2.生まれたときからずぅっと都内に住んでいて
3.国保に加入していて 
4.床屋の軒先でタバコ屋をやっていた家の
  嫁だったにもかかわらずタバコ吸えなくて
しかも、結婚して半年後から今まで約25年、3回引っ越しはしたものの、3回とも青梅街道沿いのマンションに住んでいるので大気汚染のまっただ中で暮らしていて、今に至っているのが現状です。

この制度は平成20年から助成の範囲を広げたとのことで、今回私も担当のお医者様に相談し、申請を決意しました。

申請するにあたっては、まず市区町村の保健所・保健センターなどの窓口に行き、申請書を頂いてきます。
頂く際に、上記4点の確認がありました。

その書類を持って、かかりつけの病院に行き、申請の旨を申告したうえで胸のレントゲン写真をとり、血液検査をし、さらにたっぷり時間をかけて肺機能を調べてもらいます。
それらを総合的に判断し担当のお医者様、かなり細かい申請票に記載をしてくださって、病院関係は終了。

そして、自分自身の申請書と、質問票に答えを記入して、一カ月以内にとった住民票を添えて、窓口に申請しに行くのです。

申請には申請料はかかりませんが
・血液検査代・レントゲン代・肺機能検査代・書類作成料で1万円弱、それと別途住民票代が必要でした。

検査によっては以前やったものでもOKとのことでしたが、私の場合、血液検査なんてここ10年はしていなかったので全てうけることにしました。
肺機能は6種類くらいの細かい検査をしました。
だから肺年齢78歳と言われても、今度がんばる!とかいう段階ではないのを痛切に感じたほどです。

助成の範囲は気管支ぜんそくに係わるものみので、機械のレンタル代や、万一入院した時の食事代や健康保険適応外の差額ベッド代などは対象外だそうですが、お薬代はとても助かります。

都の税金で助成を頂くのですから、これから時々、ブログで喘息のことも書いて行こうと思います。

大人になってから喘息もちになると、ホントに辛いらしい。
生後11カ月からの喘息持ちで、私学に行ってても出席日数が不足で卒業微妙だった筋金入りの私も、実際、39歳の時に発作で臨死体験までしたときにはびびりました。

今は、いい病院と出会い、発作が起きる前、起きたとき、起きた後の対処ができるので不安は少なくなっていますが、NGなものは多々あります。

それらをつらつら綴っていきたいと思います。
気が向いたらおつきあいくださいね。

ありがとうございます

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母がまるまる元気と安心した日に、我が家のポストに入っていたのが、私宛の東京都の医療券です。
「気管支ぜん息」患者として認定がいただけたということで、これから喘息にかかわる医療費の助成が受けられるのです。

このところの薬代の負担は半端なかったので、とてもありがたく助かります。

2月末に判定が出ると伺っていたのですが、とても早く認定を頂けたようで、ほっとしました。
78歳の肺の若返りを図り、風邪をひかぬように、細心の注意を払って日々過ごしていきたいと思います。

米麺

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吉祥寺伊勢丹のあとにできたコピス吉祥寺。
地下一階に「米麺」のお店をみつけました。

780円で3種類のメニュー、国産のお野菜、パクチィ入りとパクチィなしのを選んで好きなだけ盛れます。テーブルにも「もやし柚子」と「あられ」が用意されていてこちらもフリー。
なかなかのお得感です。

私は今日も豆乳グリーンカレーを、母は鶏柚子を、美味しくいただきました。スープもさっぱりしていて、アジア系料理にありがちな、あとから化学調味料がきついです〜ということもなくて、かなりご機嫌。

先日の検診の結果を聞きに、梶谷先生のところに寄った帰り道、ちょうど良い感じのお昼ごはんですね〜。

ちなみに母の検診の結果は全部花〇。どっこも悪いところがないそうです。
むしろ娘の78歳の肺の方が問題だろ〜
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