タマシギ♀のイケイケ日記

野鳥図鑑画家の夫と35年。喘息と不思議な糖尿病抱えつつ、西へ東へ。きよしくん・演歌・“ポケ森”・ツムツム、ときどきダイエット…。 AB型申年蟹座オンナの爆走の日々を綴ります。

March 2011

母の装備

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病院をあとに、タカコさんのところに寄ってから、吟遊詩人経由ルミネの地下ナチュラルハウスで石鹸を買いに。

同じく地下にある、スーパーマーケット、ザ・ガーデンは
「お米一人(一家族)5kg まで  2kgは2袋まで   牛乳1パック  タマゴ1パック 」
といたるところに張り紙がありましたが、この張り紙が功をなして、商品はいつもより、気持ち少ないながらも並んでいました。
行列もすごかったですが一列方式で案内も徹底していて混乱は無し。

ここ数日の私の課題だった、タマゴとバターを買うことができました。

荻窪西友は肉・魚・野菜はあったものの、タマゴと米の棚は空っぽ。
サミットも外から見てもガラガラ状態。
商品の置いてあるお店に行きあたるのも運なのかな。
ともかく、こまめに回ることが一番かもしれません。

母の欲しそうなものも買ってから、爆チャリで母宅へ。
荻窪から、途中バスに抜かれることがなかったということは、かなり本数を制限しているのでしょうね。

一息いれたあとに、母が、地震の時に持ちだす荷物の点検をしました。
こじゃれたリュックを背負って行く気だったところを、先日コピスのICIで買ったジェーンリバーのデイパックに替え、マスクや、軍手、基礎化粧品、筆記用具を加え、こんな装備になりました。

あれ?パパの写真が一枚もないじゃん。いいのかな?

ま、お位牌持って行くっていうことは全然考えてないみたいだったので、そのあたりもぼやかしておきましたが。

10リットルのコンパクトで見た目も小さいけれど、
やはりアウトドアのものは収容力も底力もちがうね

などと話しながら、詰めつつ、息子たちが幼稚園のお泊まり保育の時、先生に「お母さんが詰めずに、ぜひ本人に詰めさせてくださいね!」と言われたことを思い出しました。

82歳、背負って出るだけで精一杯だろうから、本人が詰めなくても、ま、いいか…

クリスマスローズ

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この病院でお世話になっていた父が、お気に入りだった中庭。
その後工事が入り、すっかり美しく整備されて、クリスマスローズの見事な花壇ができていました。

花屋さんの店先でみかけるクリスマスローズは1本1本、ポットや鉢に植わっていて寂しげですが、こうやって群れになると、ものすごい生命力を感じます。
冬の寒さに負けずに凛と花を咲かせている、力強さはまばゆいほど。

この花が、来年も咲き誇る庭でありますように。

この空のむこう

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原発事故の不安が募るなか、今日は母の東京衛生病院の受診日。

2つの科を一緒の日に予約してあって、こんな状態だから予約をとりなおそうかと思ったら、次回予約受付可能日は5月半ばといわれて断念。

でも、9時の時点で輪番停電実施と告知されていたので、母を連れて病院に行くのは正直かなりリスクが大きい。信号のない青梅街道をサ最低でも3回は渡らなければいけないし、病院も自家発電装置はあるけれど、停電の際は外来に負担がかかりますと告知してあるし。
ということは外来病棟、階段でいったりきたり4階と3階をするのかなとおもうと、どん曇りの心持ち。

今回の受診は大きな検査も無いので、病院にお願いして薬だけの処方をしていただけることになり、母宅に保険証をとりによってから、一日爆チャリで動くことにしました。

道、がらすきです。
バスもさほど通っていません。
でも、信号3つ分約800mの、一列になった車のなが~い行列が、ガソリンスタンドまで続いていますが。

この空気を吸いながら、自転車漕いでも大丈夫なのかしらん、と思いながら漕ぐペダルの重いこと。

2つの科をまわって処方箋をいただき、院外薬局でお薬をいただいたあとに見上げた空は、とても美しかったけれど、この空の向こうで、いまも原発の事故が起こっていて、そこで闘っている人たちがいると思うとどうしようもなく切なく、胸が苦しくなる。



絵を描く人

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私が少女時代に、一番最初に心ひかれたのは、フランス古典主義の巨匠といわれる、画家ラ・トゥール(ジョルジュ・ド・ラ・トゥール Georges de La Tour,1593年3月19日 - 1652年1月30日)でした。

ろうそくや松明の灯りに照らされた人々を描く、その静かな世界にとっぷりと浸ったものでした。「大工聖ヨセフ」を美術の時間に無謀にも模写をして、凹みまくったりもしました。
太宰治とラ・トゥールが好きな、かなり根の暗い少女だったわけです。

さて、我が家の巨匠、紙コップにお絵描きしているだけではありません。いまも粛々とお仕事をこなしております。
もちろん節電モードなので、かなり暗い中での作業・

ステンレスボトルにさ湯を入れて持って行ったら、色鉛筆があまりにきれいだったので一枚撮ってみました。
もちろんお気に入り、ドイツのファーバーカステル社のアルブレヒト デューラーALBRECHT DURER 水彩色鉛筆です。

もちろん描いている絵もかなり素敵。

ま、絵が描けなかったらただのおじじなので、ここんところは踏ん張ってもらわないとね。
さ、さ、私も校正をせにゃ。

紙コップ

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金曜日の地震のときに、お茶碗が飛び砕け、びびってから、必要最低限の食器類をだして、食器棚はガムテープとひもでぐるぐる巻き状態。

食器は食洗機の中で一晩越してもらっているので、困るのは夜中の水分補給。
夜中の余震でガラスのコップが飛ぶのも恐く、以前買い置きしていた超安価の紙コップを、一日一個、使うことにしました。
限界まで何回も紙コップを使っているのです。

で、名前を書くとまるで、病院の検査に使う紙コップになるので、各自が目印をつけています。

高司はこんなところでも絵描きの血が騒ぐらしく、けっこう凝ったマークを描いています。
右が分解寸前の昨日一日つかったもの。
恐竜のお父さんが、ちびの恐竜に「あぶないょ」と言ってるところらしいです。
ちび恐竜は次男に似てるかも。

左は、大好きなハシビロコウの描きかけ。これはどんどんとすごい進化を遂げる前の状態。

一家4人、家から一歩も出ず、食事も2回体制でいます。
午後に予定されていた輪番停電が、おかげさまで今日も回避となり、正直少しほっとしています。

昨夜は震度一でも震えちゃうくらいの ぽにょちゃんが、ここのところの余震続きでブルーになって、絵文字のまったくない地味なメールをくれたので、心配で電話をしたところでした。

震災の様子に涙がでて、余震におびえ、テレビで流し続けている情報がかなりストレスになっている様子で、ここ数日で3kgやせたと言います。

直接の被災者でなくてもこれだけ負荷がかかるのですから、現地の方たちの置かれている状況はどれだけ大変なものでしょう。
取り残されている小さな避難所にも、支援の品が届くようにと願わずにいられません。

家にいてできることを…と思って、アメーバが広く呼び掛けている日本赤十字への募金に、ささやかですがお金を預けました。
こんな恵まれた環境にいて偽善のようにも思うけれど、色々な意味で「いてもたってもいられない」心持です。

ほっとしました。

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お米の在庫が1kgをきり、一家4人2回分のご飯には足りない量です。

地震当日にはまだ残っているからと買わずに、おっとり刀で探しはじめたら、もう真っ青。
もちろん、この辺り、どっこにも売っていません。
食料では、お米・バター・タマゴが探しているものベスト3。

一番最速で届きそうなところを楽天で探し、愛知県のお米問屋さんに注文を出したのは日曜日。
昨日、荷物を出しましたと連絡を頂いていたのですが、まさかこんなに早く届くとは思いませんでした。

佐川急便、さすがに根性入っています。

この10kgを、母宅とわけっこして大事に大事に食べて行く所存でございます。

ル クール ピュー

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先週は行かれなかったので、今日はぜひとも母を吉祥寺の梶谷先生のところへ連れて行かなければなりません。
いつもは荻窪経由で30分で家からつくのですが、今日は青梅街道がめちゃこみで荻窪ルートは断念。
井草八幡宮の脇を歩いて、西荻窪行きのバスに乗り、電車で一駅乗って行くことにしました。

バスがなかなか来なかったものの、電車は奇跡的に時間通りに運行していて50分で先生のところに到着。
7割方運行というこんな非常時にも、きちんと電車の時刻を表示し、1分の狂いも無く運行する、何て素晴らしいことでしょう。
日本の鉄道マンの仕事ぶりに、鉄道マンの父を持つ私はすごく嬉しくなりました、

さて、吉祥寺の街はかなり薄暗い印象。
消費電力を最低限に抑えているのがわかるものの、不自由があるわけでなく、あぁ昔の商店街ってこんな感じだったなぁと、下高井戸の商店街当たりを懐かしく思いだしました。

いままで、本当に、贅沢に、潤沢に、考えることなく電気を使っていたのですね。そして私たち一人一人が、その恩恵にあずかっていたことを改めて感じました。

コピスの地下の三浦屋は長蛇の列、お目当ての紀伊国屋のパンをはじめ、多くの棚が空っぽ。それでもさらに奥に行こうとする母を「輪番停電3時までに帰るにはぐずぐずしている時間はありません」と叱り、荻窪へ。

2時に吟遊詩人さんに頼んでおいたパンが焼きあがるので、それを待っている間、ル― クール ピューでランチを。
こんな恐ろしいことになって、こんどいつ外食できるのかしら?サラダってしばらくは難しいかも…などとけっこう暗めの話題に終始。

そのあとも母に振り回されながらも、どうにか目標時間の3時に、家に戻ることが出来たのでした。

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つぼみ

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息子たちが3年間ずつお世話になった幼稚園の、正門前に植わっているモクレンの木です。
年少さんの時には、この木にのぼるお兄さんたちを、憧れのまなざしでみつめ、大きくなると、お兄さん顔でのぼってみせた想い出のモクレン。
曇っていたのでうまく撮れていませんが、もうつぼみが ほら ふくらんでいます。

幼稚園の卒園式は木曜日、園長先生とお会いしたら、輪番停電とのかねあいで調整が大変とのことでした。

このモクレンが満開に咲き誇る頃には、地震の余震も収まり、いま日本を恐怖の底に陥れている原発のトラブルも、終息に向かっていてくれるでしょうか?

モクレンの花ことばは「自然への愛」「持続性」「高潔な心」「慈悲」だそうです。
これからの日本の行く道を示しているように思えてなりません。

「まだまにあうのなら」を改めて思いだそう

輪番停電、改め計画停電、このあたりの第一グループ、今朝は実施されませんでした。
かなり気構えてはいたのですが、今後どうなるのでしょう?

停電してもなお電気が、各家庭に来るのであれば、ありがたいこと。
ぜひ粛々と停電を実施して、私を含む「便利な生活に慣れきった」日本人の根性を、叩き直して欲しいものです。
そして、余剰電気で被災地のへの物資などを作り、被災地の役に立てて欲しいと思います。

それにしても東電の対応のまずさは。

「まだまにあうのなら」の時代から、いやそれよりももっと前から、原発は安全と言いつづけていたとはいえ、原発事故のシュミレーションや、事故後のシュミレーションをいかにしていなかったかということではないだろうか。

今から23年程前に原発反対の動きが主婦や母親を中心に起きたとき、バイブルになったのが、チェルノブイリの事故に大きな不安を抱いた一人の女性が書いた手紙形式の「まだまにあうのなら」でした。
日本は原子力発電をやめましょうという、極めてわかりやすい本。

長男出産後すぐのチェルノブイリの事故に、憤り、行き場のない怒りを覚えていた母親になりたての私も、この薄い「まだまにあうのなら」の本を手に、集会や東電へのデモに参加したものです。
原発の電気を買わないことはできないか、ということを真剣に考えたのもこの頃です。

もちろん、家庭内での電力消費も極めて控えめにしてきました。

冷暖房はないと思えで、冬の寒さも、夏の暑さも乗り切ってきました。
お米も鍋で炊くようにし、電子レンジの使用も最低限に抑えてきました。
アンペアも数字の小さいものを。
もしブレーカーが落ちたら電気をどこかで使いすぎているということなので、要注意。
家電も、原発の部品を作っていないメーカーのものを意識して買ってきました。

高圧電線にしろ、原子力発電所にしろ、日本だけがあまりに無防備ということを常に思いながら、今日まで来ています。

地震や大津波は天災で、どうしようもないことだけれど、原発の事故発生以降のことは、いままで怠慢だった企業としての姿勢による、人災の部分も大きいのではないでしょうか?

今も最前線で戦っておられる作業員さんは、東電の社員だけでなく、それこそ、東電の下請けの下請けの会社の方がメインなのではないでしょうか?
いつも事故がある度に関連会社の方が被ばくしたり、事故にあったりしている印象があります。
そのあたりも胸が苦しくなる理由の一つです。

どうか作業をされる方たちもご無事で。
私たちの命のカギを握っている方々が生還されることを切に望んでいます。

そして今の状況をしのぎ、のりこえ、このことをきっかけに、日本人が「電気があることがあたりまえ」の生活をもう一度考えられれば良いなと思います。



緊急の保温装置

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毎日お湯を入れ替えている我が家のステンレスボトル。

前日のお湯は捨てないで、野菜をゆでたり、下ごしらえに使っています。全部で2100cc。ペットボトル4本分ですが、大事に大事に使っています。

もちろん保温能力はあるのですが、さらに、洗濯してあった着ないフリースでくるみ、その上をこれまた洗濯済みのダウンジャケットでくるんで置いてあります。
うちは基本冷暖房はつけないので、これだけのことで、かなり冷め方が違います。

洗濯機も食洗機も最速コースで、野菜スープも皮をつけたままよく洗って使っています。お米も4合ちょっとを1回で炊いて2回にわけて食べています。
今更ながらのエコを気合いでやっております。


昨夜は、輪番停電にドキドキしながら、ずっと余震がある状態なので、私は4時くらいまで起きていて、長男が6時から起きてという流れでした。
私は暗い部屋で、小さなB5版のノートパソコンで、アメーバピグのピグ友さんにお話し相手をしてもらっていました。
おなじみのボーグさん。彼も仕事がお休みになって、明日以降もわからないとのこと…

チャット、なんてって以前は思っていたけれど、チャットでおしゃべりして心が落ち着くことがあるなぁと、この頃とみに思います。
チャットは、携帯のメールよりも入力が簡単だし、パソコンのメールよりダイレクトにやりとりができます。
レスポンスの早さが楽しいところ。
何人かのピグ友さんとおしゃべりをしながら、この冬はおだやかに過ごせている気がします。

おそくまでおつきあいしてくらたボーグさん、どうもありがとう。
いろんなもやもやが、少し晴れました。
感謝です。

石の鳥居

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由緒ある井草八幡宮の、昭和7年建立の石の鳥居、下の柱がぼこっと落ちていて、寂しそうです。
この鳥居の下を、太平洋戦争中も、激動の戦後も、どれだけ多くの人が祈りの心を持って通り抜けて行ったことでしょう。

昭和7年ということは79年前、凛とした鳥居がこんな姿になるなんて、どれだけ激しい揺れだったか、あらためて恐く思います。


合間あいまで、気になっていた方たちの無事を電話やメールで確認。
それぞれ地震にあったときの様子を聞き、ぶるっとしています。
今日は長男の親友で東北大院生の青年が、被害がひどいと聞いている仙台市青葉区での無事が確認されて、涙がでました。

昨日はKちゃんが、サミットストア、レジ40分待ち、補充が間に合わない棚が多いとメールで教えてくれました。
ええ?地震当日一昨日の夜はガラ空きで、なんでもあったよ〜、そうか、昨日のTV放映みてみんな買いに走ったのかなぁ?と思って、母宅慰問の帰りに寄ってみると、見事に空っぽの店内。

カップ麺、お米、カレー、豆腐に納豆、葉物、根菜、タマゴ、ハム…なぁんにもありません。
「食料をまず確保したい」というみんなの必死さが伝わってきます、。

店内のアンデルセンで焼きあげたパンを、トレーに乗せてレジで並びながら、後ろの女性とお話しすると、彼女はいなげやも生協も行ったけれどすごい行列で、パンも全くなかったと言っていました。

輪番停電も実施されるのですね。
この非常時、生きて行くことを優先するための、不自由はお互いさまの部分でしょう。

ちなみにこのあたりは吉祥寺も含めて、6時半〜10時半、16時半〜20時半のうちそれぞれ3時間の停電を予定しているとか。
もし午前の分で問題が解消されれば、夕方の分はなくなるそうですが、どうなるのでしょう?

信号もない、電車もうごかない、モラルを守って行動することが最重要課題ですね。

土日で停滞していたもろもろの事項が、明日はだぁっと動きはじめて、いろいろな調整にさらにエネルギーを使うことになるのでしょう。

まだ時々揺れを感じる中で、どれだけ冷静に大人の対応ができるかが、大切なことなのでしょうね。

深呼吸でそらを見よう!

東京の夜空に、こんなに星があったなんてと気づいた夜。

塩むすび

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朝は美味しいパンと、ホウレンソウのタマゴのバター炒め、野菜たっぷりスープを食べました。
お昼は、ご飯を炊いて、おかずを作ろうと思ったけれど、炊きたての香りがあまりに美味しそうなので塩むすびに。

電気も水も大事に使いたいので、お皿も出さずガラス製のまな板の上に乗せて、各自きままに食べてもらうことに。
これで食洗機一回分は使わずに済みます。

食洗機は、手で洗うよりも水を大幅に節約できると聞いているので、手洗いはせずに…食器もコレールの汚れ落ちの良い、4枚積み重ねても1cmほどの暑さにしかならないものを使っています。

(写真はあとで)

大・小・ボールと出しておいて、フォーク・スプーンも出して、他のものは食器棚の中。食器棚は廻りをガムテープとひもでしばってあります。
食洗機が食器棚と化していますが、緊急時だからね。
何よりもコレールは丈夫なのも嬉しいし、凹凸がないのでいよいよとなったらラップを敷いてのご飯も可能。

まだ臨戦態勢を解く気分にはなっていないのです。

非常食

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TVをつけていると、心が絞られるように苦しくなります。
私たちの不安なんて、東北に居る方々の不安の何百分の一にもならないのでしょうが、余震が来るたびにひやっとします。

「備えよ常に」はボーイスカウト活動の根幹となる言葉ですが、いまがまさにその時と、今日はさらに、万一避難所生活になった時の装備をバージョンアップしました。

昨日は、出かける間際に、手あたりしだいの考え付くものをデイパックに詰めたのですが、今日はそれらを出して、入れ替えもし、30リットルの一まわり大きめのデイパックに詰め直しをしました。
いつもの旅行の準備と違うのは、持てる限りの薬を入れたところと、着物じゃなくて動きやすい洋服を入れたところ。
お薬手帳も持ちました。

お気に入りのピアスや指輪、家族の写真、いままでしまっておいた、きよしくんのテレホンカードも、ちいさなリバティのケースに入れました。
写真は写真館で撮った時にテレホンカードの大きさにやいてもらてあったもの。

考えてみると宝ものなんて宝石でもブランドのお皿でもなく、生きているこの命と、家族なのだなぁと改めて思います。

Tmちゃんから頂いたこの缶のチョコレートも装備。

息子たちも、それぞれ必要と思う品を、母や友人の慰問に行きがてら買ってきました。
これらのものを使わずに、この家でしのげるように祈るしかありません。

と、横で「バリバリ」と、備蓄予定のクッキーを食べ散らかす音を立てる生き物が…喰っちゃだめだろぅ、今、それを!



富士山

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恐い夜でした。
3時過ぎくらいまで私が起きていて、そのあとは長男が起きていて、朝になったら早く寝ていた高司と次男が起きてと…だれかが起きている状態で朝を迎えました。
長野での地震はかなり揺れたけれど、起こすほどでもないかと思ったのですが、被害はどうだったのでしょうか?

ベランダにでると見事な富士山。
美しいと思いました。

見渡す限りの瓦屋根のおたくで、一番被害が大きかったのは我が家のまん前のおうち。よく見ると、家の角度=屋根の角度によって、損傷の度合いが違うようです。

お向かいの家と、我が家の、中身が全部飛び出た書棚はほとんど並行。ということは南北に揺れたということでしょうか?

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一晩じゅうつけっぱなしだったTVを、さらにがん見する、高司と次男を、彼らの背後にあるテーブルの下から撮ってみました。
似てる…


固定電話の通話制限も解除されたので、気になるお友達に連絡をとってみて、みなさんの元気を確認できました。
よかった…






私たちは無事です。

みなさんのお住まいの場所での、地震の被害はいかがですか?
ご無事をお祈りしています。

我が家は4人とも無事にしています。

家の中、いろんなもんが飛びました。
食パン4枚を並べて焼けるオープントースターとか、お茶碗とか…
でもテーブルの下で揺れがおさまるのを待ちました。

いまはガスも復活、大急ぎでシャワーも浴びることができ、大鍋で野菜たっぷりの味噌汁もつくることができました。

NTTは03エリアから03エリアは比較的スムーズに繋がります。
携帯は難しい。

ネットができているということは、そのあたりも大丈夫。
電気、水道も使えます。
母も無事、高司の姉弟も無事の様子です。

家の前の青梅街道は、新宿方面から恐ろしいほどの数の人たちが黙々と歩いて自宅に向かっています。井草八幡宮の初詣よりも多い人です。

小刻みの揺れが今もきています。

玄関には各々のデイパックに、各々の必要なものを詰めて置いてあります。
食品等はサミットストアがまだやっていたので、買いに行って大丈夫です。ポットには水もお湯も詰めてあります。
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これ以上、揺れが来ませんように。
これ以上、被害が大きくなりませんように。

書斎

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with from R

転倒

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with from R

瓦が

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with from R

小梅

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with from R

今月の「生命の言葉」

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なんだかありがたいお言葉でございます。

東京都神社庁で毎月発行している格言「生命の言葉:いのちのことば」の今月のもの。
深夜に買い物に出て、ふと見たらお隣の神社の告知版に貼ってあったものです。

自分なりの立ち位置を見つけ、そこを深めることで、自分だけの泉がみつけられる、という意味でしょうか?
自分は自分、人と比べず、自分の道を極めなさい、かな?
思わずじっくりかみしめてしまう。

この短い文をネット上でみつけても、もしかしたら、通り過ぎてしまうかもしれないところを、神社の入り口に掲示してあるだけで、何度も租借するのは、やはり神社という空間と、印刷物の偉大さだなぁと思います。

毎月、時代を超えて、様々な歴史上の人物の、さまざまなお言葉が掲載され、そのつど、うぅんと唸るのも、楽しみの一つです。
もちろん都内の神社のたいがいのところで、このお言葉を目にすることができます。

さて、私の立ち位置は…

とりあえず、美味しいフランスパンを買ってきてくれた次男のために、バターを買いに深夜、買いものに行くお役目、あたり。
ママというより、ここんところ著しく寮母さん化しているように感じます。

それにしても…真夜中でも、花粉って飛んでるのね〜
関東バス営業所の出口についている赤いくるくる廻るパトカーみたいな灯りが、花粉危険信号のようにみえてしまったりして。

目、しょぼしょぼ〜で寮母というより、老婆のようになって帰りついたのでありました。くすん


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