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気づけば5月末の日曜日。
今日は東京優駿:日本ダービーの日です。

日本ダービーの正式名称が東京優駿。ちなみにオークスは優駿牝馬です。
他のレースはみんなそのままの名前だけれど、ダービーとオークスは英国のレース名の方が通りがよくなった、ということでしょうか。

可哀相に。田んぼのような馬場だったでしょうね〜
お昼の雨すごかったし、雷までなってたし…

競馬場の馬場は水はけがよいように、馬の足に負担が少ないようクッション性も高めるために、ものすごくいろんな素材を使って、層にしてあるのです。
馬や人や馬券の管理だけでなく、馬場の管理も日本中央競馬会の大切なお仕事の一つです。競馬場には馬場造園課という部署があるくらいなの。

その馬場造園課には、東京のコースの断層を、20センチくらいの透明の長い筒に、コースそのままに詰めたものがありました。茶色や白や黒っぽいのや…細かいものや、ゴロゴロしたものや…断層断面図ですね。

ただ平らにしたコースを、馬が走ってる程度の認識しかなかった19歳の私は、この1,5米くらいの筒に、それはそれはびっくりしたものです。

うぉ! オオーw(*゚o゚*)w  もう33年もまえのことかっ!
別の意味でもいまびっくり。

その当時でも東京の馬場の水はけは世界一、と言われるくらい技術の粋を集めたものだったのだから、多少の雨ならやや重や重、不良というのはよっぽどの雨が降ってないと、なかなかならない状態でした。

ちなみに私が競馬会にいた1976年〜84年までのダービー、クライムカイザーからシンボリルドルフまでは全部、良馬場。
それでも土が飛び、騎手の汗と混ざって、検量室に戻ってくる騎手はみんなかなり汚れて戻ってきていました。

今日のような不良馬場だとどれだけ大変だったことか。

不良馬場の時はゴーグルを2枚重ねしたり雨用ズボン履いたり…でも減量きつければ最低限しか身に着けていないから、それはそれで凄いことになっていると思います。前身ごろ全部泥んこべったり。
障害で活躍していた関口健太郎騎手は、不良馬場の時はよく「なぁ、お嬢、騎手なんていいことないべ」と泥んこ顔でいつも言ってました。

大雨でドロドロの不良馬場で思い出すのは1980年の秋の天皇賞です。
この時は足に水かきがついていると言われていたスリージャイアンツが思いっきり逃げて、最後は今日のダービー覇者の横山典弘騎手の父君・横山富雄騎手のメジロファントム鼻差まで追い詰めたのですが、そのまま逃げ切ったのでした。「豪腕」郷原洋行騎手が勝利騎手でした。
その日の夕方、不良馬場のすみっこを歩いてみたのですが、田んぼのような馬場でしたっけ…

雨で煙るような馬場を走るのは馬も人も必死です。
事故がないようにそれだけを祈る思い。馬券を買っている人はそうはいかないかもしれないけれど、みんな命がけで走っているのだから、今日とれなかった人も、馬や騎手を恨まないであげて欲しいと思います。

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さて、ここは東京競馬場の第4コーナー廻るところ。
人生は第4コーナーから、とか思ってた20代。
でも私の第4コーナーは何時なんだろう、なんても思ったりもする、今日この頃。最後の直線でもだれないように、東京みたいに残り2ハロンも全力で駆け抜けられるようにと、切に願うばかり。