654fe593.jpg騎手が体重を計る、巨大な計りです。東京競馬場内にある競馬博物館展示室でばったり、28年ぶりに再会しました。

懐かしいフォルム、見慣れた1954の数字、おそらく、東京競馬場の検量室で、デジタル計が導入されるまでずっと使われ続けていたものだと思います。
騎手たちは、この計りに乗って出馬表に決められている斤量に合わせ小さな鉛の板を、持ったり、置いたりしていましたっけ。減量のきつい騎手の人たちの真剣な顔は、忘れられません。
そういえば、当時開催前になると、ちゃんと資格を持った計量士さんが細かい錘いっぱい入った箱を持って検査をしにきていました。忘れてたけれどその方のお顔まで思い出しました。
検量室は私の開催時の職場でしたが、競馬のない時も、真っ暗やみの中で電気をつけて、この計りが居てくれるとなんだかとても安心したものです。

競馬博物館、できたての頃ちょっと行っただけで展示をじっくり見るのは初めてでしたが、とても面白かったです。

メモリアルホールでは顕彰馬の展示が…馬の功績に添えてブロンズの馬の像や、絵画が並べられています。他の馬は繋留先の種牡馬の登録証の写しが添えてあるのですが、何故か天馬トウショウボーイだけが血統書の写しが添えてありました。私のいた部署は血統書も含め競走馬の入退厩なども管理していたものなので、保田調教師が、トウショウボーイの引退を決め抹消手続きに来られた日のことも、その横顔が何とも寂しげだったことも瞬時に脳裏によみがえってきました。

競馬人の顕彰コーナーもありました。調教師では、尾形藤吉先生、松山吉三郎先生、藤本冨良先生、武田文吾先生、稲葉幸夫先生、二本柳俊夫先生、久保田金造先生の七名。懐かしいお写真やそれぞれの功績とともに、ブロンズでお顔を作って飾ってありました。残念ながらどのブロンズもとんでもなく似ていなくて…みなさん、もっと紳士的ないい笑顔の方だったのに。競馬の世界では名伯楽で厳しい面もおありだったろうけれど、どの先生も私のことを「業務のお嬢」と呼んで可愛がってくださいました。稲幸さんにお寿司を買っていただいたことも、武文さんに短歌を作っていただいたこともあったなぁ。ちぢみのシャツに腹巻き姿の松山さんのこと最初調教師さんと思わなくて失礼したこともあった。藤本さんと稲幸さんはお互いあまりお好きじゃなったのに…展示では真正面同士。天国で苦笑いされているかもしれません。
それにしても、すごい方たちばかりが現役で活躍されていた、そんな良い時代に競馬の世界にいることができたのだなぁと、改めて嬉しくなりました。

※写真は係員の方に許可をとって撮影させていただきました。