JRA久々の女性騎手・藤田菜七子ちゃん、おめでとう!
まず30勝、すごいなぁ。
女性が生きにくい典型的な世界で、ここまで活躍できるとは。
師匠が根本康広調教師だからこそ、ここまでと思う。

「根本くん」は、騎手デビューする前からよくよく知っている。3回騎手試験に落ちた春に、私が競馬会の職員になって東京競馬場で出会った。
クサることもなく明るく、下乗りなのに、調教助手ばりに事務仕事にも長けていた。
新しい勝負服を二人で一生懸命考えた夏の日、同じ東京生まれで同じ年と知り、自分は何と甘ちゃんな世界で生きて来たのかと、しみじみ思った。
彼の一番のファンになろう、とそのとき心に決めた。

10勝したらサインちょうだいね、と約束していて、その10勝までが長かったけれど、中山大障害に3回勝ってるし、あのシンボリルドルフを破って天皇賞も勝っている。
実況放送の
「あっと驚くギャロップダイナッ!!」
のアナウンサー雄叫びは、いまだに思い出すほど強烈な印象だった。
さらに翌春メリーナイスで東京優駿も獲った。
メリーナイスの東京優駿のときは、退職していて、長男を膝に抱きスタンドで観戦。長男は、母の歓喜号泣を不思議そうにみあげていた。もちろん当り馬券は換金なんてできなかった。

騎手生活は20年。まだまだと思ったけれど、彼の師匠・橋本輝雄先生の引退に伴い、すっぱりやめて厩舎を継いだ。
先生にお子さんはおられなかったので、彼なりの師匠孝行だと思って涙が出た。
橋本先生はとても人格者で人望も厚く、激動の美穂トレセン移動のときの調教師会会長を務められた方。その先生のスピリットを受け継ぎ、根本調教師として、柔軟な活躍をしている。

往年の名騎手を揃えての第一回ジョッキーカップ開催は、彼の尽力によるところが大きいと知った。
彼が中心となり声をかけ、きちんと体重も現役時代のままに戻してきたという。いくら減量には慣れていたとしても60歳近くなっての減量は難しいだろうに。
当該レースでは彼の売りだった、風車ムチを回すファンサービスも忘れていなかった。
つまり、競馬とは何かをわかっている、ほんとのプロだ。

菜七子ちゃん、師匠の背中をみつめ、大師匠の思いを継いでこれからも末永く活躍して欲しい。