タマシギ♀のイケイケ日記

野鳥図鑑画家の夫と四半世紀。着物・きよしくん・演歌・“街森”・アメーバピグ、ときどきダイエット…。 AB型申年蟹座オンナの爆走の日々

小さかった頃のはなし

36年ぶりに解けた謎

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大昔、ルナ・フローラというパンの花を習っていたことがありました。

特殊な小麦粉粘土をこねて、形作り、油絵の具で色を乗せる、かなり凝った造花でした。うすい質感を出すのはなかなか難しく、最初の頃は木の実の入ったアレンジを多く作っていたのです。

そのなかで、唯一謎めいていたのが、小さなタコの様な、不思議な実でした。
なんだかわからないのに、一生懸命作ったものでした。

木曽路の帰りに母が
「あ、ザクロ」
と、ふとみあげた廃屋のトタン塀の上に、かわいい実を発見。

あ〜これがザクロの大きくなる前の段階なのかと、観察。
すると、パンの花で作っていた、不思議な実と同じことが分かりました。
35年経っての謎解きです〜

午前中にものを整理していたら、二十歳の頃の住所録…そのころアドレス帳なんて言ってなかったよね〜…がでてきて、パラパラとめくったら、生け花やアレンジを習っていた先生方の住所が目に入ってきて、あぁ懐かしいと思ったところでした。

あのときの、華やかな先生はお元気なのかしらん。
石原裕次郎さんのことを
「ただの太ったおじさん」
と言い放った私に
「あのひとの魅力がわからないようじゃ、まだまだね」
と妖艶に笑っていた先生。

おそらくは、あの頃の先生のお歳を大きく超えてしまった私ですが、裕次郎さんのようなオトナの魅力に開眼するには、あまりに周りにサンプルが少なく…
若いきよしくんに走ってしまったことを知ったら、先生、なんておっしゃるかしらん。

ピグ:pigg〜織姫のワタクシ

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NPがロシアまで行く日、ウオッカ飲みすぎないで気をつけてねメールを打ちつつ…キャビアよりもマトリューシカの方がお土産に欲しい、すっごく小さくて可愛いのか、すっごく小さくておもしろいのか、お願いね、と送ってみました。

NPは世界中を走り回ってるのですが、時々面白すぎるお土産を持って帰ってきてくれて、これを私にどぉしろと?みたいなこともあったので、今回はマトリューシカ。
あるんだろうか、小さくて可愛い、というのが。
NP帰国の10日後まで、わくわくドキドキするのも楽しみ。

いまから半世紀近く前、商社に勤めていた伯父が、モスクワ駐在で長く行っていたので、一番身近な外国はロシアだった。
キャビア・毛皮・コハクがいつも買って帰ってきてくれるお土産ベスト10だったんだけれど、キャビアはお子ちゃまのもんじゃないし、毛皮は母が苦手=娘も苦手だったし、コハクは絵本に出てくる宝石とあまりに違うんでしょぼんだった。

一番嬉しかったのは、絵ハガキで、当時の紙と印刷だから、そんなゴージャスなものではなかったけれど、黄金色に輝くイチョウ並木の町並みのものはとってもお気に入りだった。
小さかった頃の外国といえば、あの絵ハガキの風景だったのだけれど。

以前住んでいた家は府中。最寄りの東府中駅の北側に米軍キャンプがあって、何が何でも駅より向こうに行っちゃいけないときつく言われていたの。
駅も外人さんがとても多かったのだけれど、親から、目を合わすな、指さすなまで言われていて、かなり緊張して駅を歩いていたのが学校にあがる前の私。

そして、高校を卒業して、その頃はもう米軍キャンプも縮小していたので、、ある日駅の北側へ探検に行ってみたらば…なんと、イチョウ並木がキャンプの入口までずっと延びているではありませんか。

私の中では、異国の景色は黄金色のイチョウ並木だったのだけれど、なんのことはない、それとおんなじ景色が徒歩10分もいかないところに広がっていたなんて…
と、かなり複雑な思いでそのイチョウ並木を見上げたものでした。

つい4年前まで住んでいたマンションの前もイチョウ並木。何だか剪定が機械的でちょっとがっかりな並木だったけれど。
イチョウには縁があるのかな?

不快指数80%なんて聞くと、もうそれだけでヘタヘタ。
咳が戻ってきてしまって、今日は一日完全蟄居生活。ふう…
ふぅのお楽しみ、この頃はアメーバピグ。
七夕がすぐだからね織姫のコスプレで写真撮ってみました。

誰だ、不気味〜とか言ってるのは。

冬の花石の花

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小さい頃、父が買ってくれた少年少女世界文学全集で一番最初に惹かれたタイトルは「石の花」でした。何だか、かっこいい気がする、と思ったのだけれど、ロシアの話しは人の名前が難しすぎて玉砕した小学2年の私…
それから、どうもロシア物は苦手で、「罪と罰」も「アンナ・カレーニナ」も「カラマーゾフの兄弟」も、何度挑戦しても、読破したことがありません。

私がロシアに生まれていたら、きっと、お友達の名前を覚えられなくて大変だったと思う。

荻窪で晩ごはんを食べて、大急ぎ戻ってきてご近所いなげやに買い出しに。
野菜を買って帰ってきたら、もうとっくに廃屋になった家の前に白い花が咲いていました。
なんで、この一輪だけ?寒さの中に咲いているのかな?

石の花ならぬ冬の花、凛としていて素敵でした。

ボンタン・文旦

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グレープフルーツい見えますが、もっと大きいの。
これはブンタンです。文旦。宮崎産です。
鹿児島で生まれた父にお供えするので、ホントは鹿児島産が欲しい母ですが、なかなか東京で鹿児島のものには出会わないらしい。

私が小学生の頃、故郷と没交渉だった父が、少しずつ兄姉と連絡をとるようになって、鹿児島からチッキで荷物が送られてくるようになりました。
チッキって確か国鉄が駅まで運んでくれる荷物、のことだっけ?

今でこそ、宅配便で、鹿児島―東京は翌々日配達と便利になりましたが、今から40年以上も前は、何日かかったのでしょう。

一番最初に鹿児島から届いた荷物は、ちょっとくたびれた段ボール。
当時近所に住んでいた伯母:父の5番目の姉の解説付きで、披露された箱の中身は、小学生だった私の理解を遥かに超えるものでした。

新聞にくるまれて出て来た木の塊を伯母は「雄節」「雌節」と呼んでいて、何のことやらと思っていたら、鰹節でした。鹿児島の名産ですね。今の生節ではなく本枯節だったので、木の塊に見えたのです。

その次に出て来たのは、大きな黄色いボールでした。
これが文旦だったのです。父も伯母も「ボンタン」と発音していました。
私の知っているミカンは何だったのか?と思うような迫力。まだ小さかった弟の頭より大きかったのでびっくり。ともかく分厚い皮を一生懸命むくと、すごく奥の方から房が出てきたのでありました。

あ、あと、文旦漬けも入っていましたっけ。
分厚い皮を切って、ことこととお砂糖で煮つめたもの。グラッセ?
でも脳がしびれるほど甘くて、ちょっと勘弁でした。
あの時の衝撃からか、いまだにかんきつ類の皮を甘く似たのは苦手です。

今考えれば、伯母や伯父が末の弟である父に、故郷に思いをはせるようなものを、と心づくしのものを送ってくれたのでしょうが、遠く離れた姪っ子には、ただの枯れた木と黄色いボールにしか見えなかったのです。

ちなみに私は文旦の皮をむくのは、とっても得意です。申年だしね。

おはようございます

90f4a54d.jpgいよいよバードフェスティバル当日です。

もう現地についているお隣ブースのRくんからは、程よきお天気とのメール。何よりです。

よっし〜に荷物をお願いして、そのうえクロネコヤマト時間指定便でも荷物を送ってあるのに、私たちはリュックやトランクひきずって夜逃げ同然の大荷物。

高司は、母にプレゼントしてもらった、リバティプリントのシャツでご機嫌。私も今日は紫の気分なので、紫地の菊の花の着物です。この時間に着物着ているのはちょっと浮いているかも。あ、帯はカモ柄です。

ただいま松戸通過。

多くのお客さまに来ていただけますように。

こんにゃく

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こんにゃく、こんにゃく〜こんにゃくは今回のダイエットミッションの中で、いくら食べても良いものの、数少ないもののひとつ。

とはいえ、そんなに食べられものではないのよね〜
第一そんなに好きじゃないし。
匂いがいやなのよ〜

「おだいどこ、おてつだいしたい、したい」
と言ってやっとお手伝いさせてもらったのが、こんにゃくをねじりこんにゃくにする作業でした。5ミリくらいに切ったこんにゃくの真ん中に切り目を入れ、くるんとひっくり返す、洒落た煮物に入ってるあれです。
切れ目の入ったこんにゃくを母から渡されて、くるりんする、のが私の台所事始め。

おそらく、これなら火傷もしないし、怪我もしないと母が思ったのでしょうが、
なんともビジュアルも悪いし、匂いも妙だし。だからちっとも楽しくなかった、お手伝いでした。

会社から帰った父にこんにゃくに入った煮物をおしつけて
「これ、あたしがつくったの、おいしい?おいしい?」
と何回も聞いたときの父の答えに詰まった顔……
だよね〜物産展じゃないんだから、こんにゃくの感想聞かれても困るよね、困るよね〜

あの時に私のこんにゃくに対する思いは決定的になりました…
だからおでんにこんにゃく入ってなくても平気。
豚汁も時々忘れちゃうくらい、こんにゃくには愛を感じていないの。

ですが…おなかがむちゃくちゃすく、このミッション。
背に腹は替えられません。
こんにゃく3つ買ってきて今から煮物、きんぴら作ります。

できあがりはこちら⇒■50代からのダイエットmadame53食事日記

でもね、晩ごはんのあとは、なんも食べちゃいけないんだから、夜中はやっぱり白湯、飲むしかないんだけれどね。

コロンバン:アイスモンブラン

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先週の鍼の帰りの母の古戦場、京王百貨店に再び。お願いしてあったものを受け取りに行って、ギフト包装をしてもらっている合間に一息。
阪田先生の魔法?の鍼で、体中に血が巡っている感じで熱いの何の。

とはいえ、どこに行こうかと悠長なことをいっている時間でもなく、8階のコロンバンに。昔、昔、コロンバンは百貨店一階入口の脇にちんまりとあったのだけれどいつの間にかなくなって。ハルクの中二階にはよく行くんだけれど、ここの店はお初。

象牙色のテーブルや椅子に、トルコブルーのテーブルかけが映えていい感じの店内。上手に木材が使ってあってそれがアクセントになっています。
そしてここは昔からおなじみの「アイスモンブラン」を。

母は「パパもアイスモンブラン好きだったのよね」と。いやいや、まだ父親は「だった」の人ではないし…でも、ここまで来るのはたしかに大変かもしれないけれど。少しずつ母の父へ対するスタンスが変わってきています。

いろいろ

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家具の大移動作戦、ということは割れ物なんかは外に出しておかなければなりません。

昨年の4日間にわたる引越しのときに、あらかた不思議なものや、わけのわからないものは捨ててきたので、安心して作業に入れます。
私が生まれた時に、どなたかから頂いたデンデン太鼓、懐かしい色合い。

「りつこちゃん、この張子の虎もそっちに置いて!」

……………お母さん、こりゃどうみても張子の犬だと思いますけど。

懐かしい「小さな家」との再会

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内覧会というので今日は気合で名古屋帯締めてきました。
夏はできるだけ涼しく着物をきたいので、半幅変わり結びで通しているのですが…。でも着物で正解でした。メアリ・ブレアの気迫ある作品に対峙するにはこんくらい気合を入れてないとと。

コンセプトアートというお仕事の存在を知ったのも初めてですが、あの懐かしい「小さな家」を彼女が手がけていたとわかったのも今日の大きな収穫でした。

小さい頃、東横劇場だったか新宿東映だったかで、よくディズニー映画をみせてもらったものでした。わんわん物語・ダンボ・バンビ…わんわん物語のパスタも「?」でしたが、「小さな家」の周りにビルができるというシーンも理解できませんでした。でも「小さな家」は、とてもお気に入りの短編だったのです。

「小さな家」は、バージニア・リー・バートンの「ちいさなおうち」を映像化したものですが、私が「ちいさなおうち」の存在を知ったのは、長男を授かってからでした。
それまで「小さな家」はディズニーの作品と思っていたし、さらに言えば「小さな家」のことすら遠い記憶の彼方のものだったのです。

思いがけなく懐かしい「小さな家」との再会は、贅沢なことにメアリ・ブレア直筆の絵でした。
何と幸せなことでしょう。
膨大な作品群の中のほんの数点ではありましたが、幸せな再会でした。

館内には小さなテレビがいろいろな映像を写していたのですが、ラッキーなことに「小さな家」も放映していて、3回も見入ってしまいました。

いま思えば、私がドールハウスに惹かれたのは、幼いときにみた「小さな家」の影響もあったのかもしれません。

はるしおん

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小さい頃、この花のピンク色が大好きで、摘みたくてたまらなかったのですが、母が「この花のふわふわしたのが耳に入ると、耳が聞こえなくなるのよ」と言ったのがきっかけで、とたんに怖い花になってしまいました。

心にしみた親の一言、にしちゃぁあんまりだけどね。

めずらしく咲いているのをみかけたので撮ってみました。

漢字で「春紫苑」と書くそうです。あら素敵。

つつじ

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真夜中にヴィ〜〜とパソコンが唸って、ぱたっと画面が消えました。
あららら…なんとか復興したもののドキドキな作業が続いています。

こめかみにたんこぶ作っても、パソコンが唸っても、今朝は両親がデイサービスに出かける日なので、お見送りでございます。
気持ちよく出かけてくれれば、続くかもしれないものね。

にこりと見送っての帰り道、つつじの花がきれいなグラディエーションで咲いていました。遠慮がちな細いつつじの木は、建て替える前の府中の家にあって、春を知らせる花でしたっけ。

写真を撮っていたら、昔、お店のお客様だった方の未亡人とお会いして、お話がもりあがってしまいました。

三太

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直径20cmで、底が丸くて、なおかつテフロン。結局、使い慣れているビタクラフトのものに決定。念願のフライパン、専用のフタ、フライ返し、クッションやらを買ってことのほかご機嫌の母ですが、こんな大荷物を持って歩くのは勘弁なので送ってもらうことにしました。

そして「三太、大丈夫かしらねぇ…」と言いはじめたので「ぅお!?」と思ったものの、「行ってみようか?」と。とんかつ三太は、末広町にあった頃から、家族4人で行っていた母にとっても思い出の店です。でも、ここんところ「揚げ物NG状態」の胃袋続きだったので、母はずっと伺っていなかったのですが、今日はGOサイン出た様子。

まだ見習いさんだった頃から知っていていまはメインの板さんが、丁寧に挨拶をしてくださって、しかも彼が揚げてくれたコロッケ定食だったので、ことのほか美味しく母、完食でした。私は…ご飯おかわりしたかったけれど、ぐっとこらえてキャベツのおかわり。
気分はかなりヘルシーですぅ。

よこすかの反動でニートな一日

気合でどこか行った次の日は家に立てこもるようなこの頃の行動パターン。何だかなぁ。半年ほど前に同じ年のSmちゃんが「この頃でかけると次の日よう出歩けけへんねん」と言ってたのを「それってばばぁじゃない?」と突っ込んでた私。
ごめんmちゃん、わたしもすっかりそのパターンざんす。やれやれ…

で、おうちのことをぼんやりとしながら古いCDなどを聞いておりました
「青春年鑑’67」という高司二十歳の頃のヒット曲がぎゅっと
詰まったアルバムなのですが、まぁ私が小学生高学年のころの歌だし
懐かしいというよりどうしたもんだか…という感じなのですが。

よく思い起こしてみると玖保キリコさんの「シニカルヒステリーアワー」
にでてくる小学生の子供のように歌謡曲に対していっぱしの
口利いていたの思い出しましたね〜

当時、机と椅子でバリケードを組んで圧勝記録更新中だった
世田谷区立松沢小学校6年4組女子グループのトップだった私。
抗争相手だった男の子のボスだったでかいHくんと
「橋幸夫がレコード大賞とったのは絶対変!」「何かが動いてる!」と
思いっきり盛り上がり、抗争にかげりがでたりしたもんでした。

父が伊東ゆかりさんが好きと話したら、お姉さんが読んでいた「明星」の
おまけの「伊東ゆかり・朝のくちづけかーど」なるものを大事そうに
くれたKちゃんって子もいましたね。ゆかりさんのキスマークぶちゅって
ついているの。父が喜ぶと思ってあげたらタコのように真っ赤になって
何故か怒られて。

きよしくんの歌。20年後30年後に、懐かしく楽しく思い出しつつ、おかっけを元気で続けてたいものです。

受験票の次はお弁当…

昨夜の騒ぎが無かったふりで、長男を見送って…10分ぐらいで、携帯からメール「お弁当忘れました。何か買います」ぎえっ!ホントに忘れてるよ〜カツ系の弁当だぜとか思っていたのに。
調理パンがいいというのでワザワザ昨夜カレー粉ともどもクイーンズまで行って買ってきたパン様、そのまんまテーブルに愕然。

で、また30分ぐらいしたら「受験票ありました。すみません。」
というメール。おいおいおい!
結局は机の上に置きッぱにしてご帰還だったわけですね…バカタレが。などと思いつつ、私も中学受験の受験票がなくて騒いでくしゃくしゃで出てきて母親に大目玉喰らったのを思い出しました。
でもなぁ12歳と19歳じゃ、ちょっとは大目に見てよね。

昨夜の買出しが応えたのか、どうも肺の調子が悪く。発作の予感。
ひたすら家で静かに暮らしておりました。

寒くてどんたく

覇気が全くなくてすみません。家で呆けておりました。

とはいえ、センター試験目前の長男がいるので一応おかあさんしてご飯とかはちゃんとね。後は高司の絹のズボン下:股引:ももちゃんがもう一枚どこかにあったなぁと捜索していたら…子供たちの洋服が一箱でてきてびっくり!シーズン終わりの駆け込みセールで買っていたのをしまいこんですっかり忘れていたのです〜
作文とか絵とかの箱と思い込んでいた私。買ったようなきがするけどやっぱやめたのかなぁ?なんてぼ〜っとして2年は軽くたってる代物。
当然こどもはでかくなり着れるかどうかは微妙な大きさ。なので、手付かずのうちに弟のとこに頼んでもらってもらうことにしました。ボケボケだわ!

それにしてもドンタクってどんな字を書くのかな?呑宅?小さい頃母が「今日はドンタク」と嬉しそうに言ってたけど、これは母なりののんびり宣言だったわけですねきっと!

旭鮨&冬ソナCD&オーシャンズ11

実家の母の快気祝い…というか入院中我家にお世話になったから…と
いうので食事をいつかね…と言っていたのが、なかなか都合が合わず
しかも父は寒いのが大の苦手ときているので…こどもたちが2人ともいて
予想最高気温15度という今日を逃しちゃいけない!!ということで
お昼過ぎに荻窪ルミネに集合。
お鮨を思いっきりご馳走になりました。口福口福。

旭鮨本店は京王線・下高井戸にあって若かりし両親の思い出の店。母が私を産んでくれた前の晩もここでお鮨を食べていたというほどだし、私たち姉弟は下高井戸の小学校に通っていたこともあって、小さい頃のご馳走は
ここのお鮨だったせいか、お鮨はもちろん、今でもここのかんぴょう巻は大好き…
だからもちろんコースのほかにかんぴょう巻もオプションで♪ごちでした。

でついに買ってしまいました!冬ソナのCD…でもね「完全版」の言葉に踊らされた
私がバカ。アレンジにすごくお金かけたらしくて「ちげぇだろ〜」と思うような仕上がり。なんだかがっかりだぜ。
晩御飯のあとは「オーシャンズ11」これは男衆のチョイス。ま、いいけどね…一生懸命お付き合いしましたが…家の小さな画面で観るよな映画じゃないかも


ナルト気分でのりきるこの秋


10月1日ってことは今年も残り四分の一!
あっという間に、申年は去るってやつですね〜
年女っていいことあるのかな、何なのかわかりませんが、ともかくあと四分の一!気合で頑張らなきゃね。
気合で何で、このページの模様(当時)がナルトマークなの!?という感じですが、今月はバードフェスティバルの準備で目を回すほど忙しくなりそうだから?ってこともあるけれど、なんかナルトって好きなのです、私。

何故渦巻いてるんだか、何故歯車みたいにぐるりがなってるんだか…
私の小さい頃のナルトってすっごいピンクで、母はそういう合成ものの着色料とか、添加物とか大嫌いな人で…まだ「添加物」っていう言葉が市場に出回る前に「母親の本能」で食べさせなかった人です。

そんな母にとってマーブルチョコとか赤いウインナーははっきり言って「敵!」
下高井戸の駅前マーケットで「赤いウインナー」が欲しくてやっと買ってもらって食べた時の…まずさと言ったら泣きそうでした。
ナルトもその手の代表選手。姿可愛いのに味は脱力…
そんなで気合入り過ぎてバタン!っていうのは避けたいので、そこそこ脱力感も交えながらの10月に。
それで「ナルト」です。

10月は着物の世界では「新年」にあたるそうです。とすると今日はナルト元年元旦…ナルト力を目指していたのに吉祥寺ユザワヤで額装お願いしている間に、パネル額の値段をチエック!し連絡待ってくださってる方にメールを入れ、御茶ノ水に行き滞空時間23分で2箇所にポスターをお届け、12時50分に新宿御苑のバードライフ・アジア事務所について、5分でお弁当食べて、13時からニューズレターの次号の編集会議。それが終わって銀行・旅行会社・伊勢丹・世界堂・と廻って、16時からは青山で今季号のニューズレターの印刷…刷り上がりを3部ずつ折って畳んで封入して…と思いっきり睡魔が寄ってきそうな作業だけれど、よその会社のコピー機をお借りしての作業なので結構緊張。

皆さんとても親切なのだけれど…
で、作業が終了して事務所もどってさぁ晩御飯、と言ったときには22時すぎてました。
どこがナルトだか…ですね。
ただ、とてもラッキーなことに今日は会いたい方に会えて。電車の連絡も上手く行ってくれたので、流れよく過ぎた感じです。
台風来てたらこんなに動けないしね。
だから幸せな一日ということで、ナルト力は後日。

お、この頃のラーメンってなると入っているところすっごく少ないんです。10軒に1軒もないくらい。
「チャーシュー・葱・ナルト・葉物・海苔」あたりが由緒正しいラーメン像とすると、今はかなり違ってきてるかも

ラーメンも化学調味料だらけだからとず〜っと食べられないで家でももちろんインスタントラーメンを食べさせなかったのも母。
私もずっとそんなもんと思っていたのに「無化調」なるラーメンが巷に幅を利かすようになり…これは化学調味料を使ってないのですね…
だから、とても手間も材料費もかかるけれど美味しい
それで私はラーメン行脚にはまったわけで。そんな娘を冷ややかに
「ラーメンばかり食べてるからおでぶちゃんになるのよ!」
時には「女相撲だわね…」と言い放つ母は今年76歳、

年々さらにストイックにカラダに優しい添加物ゼロの食事が好きに。
昔すい臓がん!?って疑われた時も、普段食品から「添加物:薬」を摂っていないので、あっというまに「ほんものの薬」が効いて完治しちゃった過去があって、さらにその手の食事に走っていってるのだけれど。これはとても説得力がある話だったので娘の私も家での食事は根性入れてはいるつもり…だけどなぁ

その反動からか息子たちは結構コンビニお散歩好き。
私のナルトみたいなもんかな?
でもいまどきのコンビには泣くほどまずいってことないしね…
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