タマシギ♀のイケイケ日記

野鳥図鑑画家の夫と35年。喘息と不思議な糖尿病抱えつつ、西へ東へ。きよしくん・演歌・“ポケ森”・ツムツム、ときどきダイエット…。 AB型申年蟹座オンナの爆走の日々を綴ります。

To my dear sons

チーム谷口☆ブックカヴァーチャレンジ

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チーム谷口のブックカバーチャレンジ☆ァ

JTBパブリッシング刊「図鑑と探鳥地ガイドでまるごとわかるバードウオッチング」

JTBパブリッシング、時刻表や、るるぶ等旅行ガイドで若いときから大好きな出版社でした。
るるぶの地図って、初めての街でも迷わない。
きちんとした縮尺なので、ちゃんと行きたい場所に、たどり着くのです。
いまはスマホの位置情報システムから簡単に地図を割り出せますが、でも、実は紙の地図が今でも大好きなのです。

さて、そのJTBパブリッシング(以下JTB)の金森早苗さんという編集者の方から、ある日突然お電話を頂いたのは2013年に入った頃だったでしょうか?
「実は、JTBとして初めて野鳥関連の書籍を作りたいと考えています。
JTBで神社仏閣の本でお世話になっているKANKANさんという方の、鳥の写真が素晴らしいのでその写真を使って、図鑑部分は谷口さんの絵でお願いしたいのです。できればガイドブック仕様を考えています」
とのことでした。
KANKANさんは存じあげませんでしたが、でも、私の大好きな本を作っているJTBとお仕事ができるのであれば、ぜひ!とお答えしました。

その後、社内会議で谷口が仕事を受けた旨、金森さんが報告されると、上司の方がとても喜んでくださって
「あの谷口さんが引き受けてくださったのなら、失礼が無い様、もっとページを多くしましょう」
と、想定していたページ数よりはるかに多いページでの発行を決めてくださいました。
ありがたいこととはいえ、責任は重大です。
最初伺っていたページ割りをベースにさらに進化させ、内容も充実させないといけません。

KANKANさんは、ちょうどそのころ、遷宮の年だった伊勢神宮や、出雲大社の本を何冊も出版されている方で、出版物は主に神社仏閣関係、野鳥専門の写真家ではありませんでした。
ただ、神社仏閣を取材をしているうちに、カメラのそばに野鳥が寄ってくるようになって、素晴らしい作品を多く撮られていました。
品の良い、野鳥に無理を強いていない、引き込まれるような写真の数々は、多くの方の野鳥の写真を拝見する機会の多かった私共にはとても新鮮で、これは素敵な本になるだろうなぁと予想できました。

ただ、お忙しいこともあってKANKANさんご自身が執筆される時間はないとのこと。
そして、KANKANさんの中では撮影地ガイドのイメージをお持ちだったようなのですが、それは編集部とは相いれない部分で、紆余曲折あり、写真はKANKANさん、それ以外のページは全部私共が著し、監修谷口高司で、GOサインが出たのです。

図鑑の絵の部分だけの提供のつもりが大事に。でも、金森さんの熱意もわかりますし、何より、完璧な地図を載せた野鳥ガイドブックは、私自身にもとても魅力的でした。

当初の案では、掲載探鳥地は、首都圏と、大阪限定でしたが、違和感がありました。
探鳥地ガイドとするのであれば「安全で安心な場所」であることがまず最優先になります。
金森さんにお願いをし、中部地方、神戸、それから首都圏から少し足を延ばせば楽しめる場所の追加し、一から場所の選定をすることにしました。

でも、私自身が全部の探鳥地のテキストなど書ける訳はありません。
みてきたようなウソをつき、みたいな本は私自身大嫌いなので、主義信条に外れることはしたくないのです。
そこで、いつもお世話になっているみなさまにお願いをして、各地のお奨めの探鳥地のテキストを書いて頂くことにしました。
当時日本野鳥の会大阪支部長だった平さん、愛知県支部長の新實さん。埼玉県副支部長だった海老原さんはじめ多くのみなさまにご相談、そのエリアのことを一番明るい方に繋いで頂いたのです。
とてもありがたいことでした。
生きた情報を載せることができるのですから。

地図もできるだけ細かく、わかりやすく、を心掛けました。
困ったのが「どの鳥がどのエリアに居るかはっきり書いてほしい」とリクエストがあったことです。
「鳥は翼があって飛ぶことができるから、魅力的なの。だから、ずっと、いつも、その場にいるとは限らない、もっと緩やかに考えてほしい」
とお答えし、地図内での表記の表現方法で工夫をすることにしました。

また山梨・山中湖の水場も載せて欲しいとのことでしたが、
「私有地を、公となる本に載せることはしません。谷口の監修した本だからと買ってくださった方が、現地で不快な思いをされることがあってはならないのです」
とキッパリお断りしました。
実際、後日、全く別の会社、別の著者のガイドブックでこの水場を載せ、現地でトラブルとなり数件の裁判が起きそうだと聞くに及び、心底ホッとしたものです。

肝心の野鳥図鑑部分は、ちょうど谷口が多忙を極めていたこともあり、私がやりたいようにやらせて欲しい、欲しい絵をを描いてとだけ、伝えてありました。
何冊も何冊も図鑑を作らせて頂く中で、同ページ同縮尺の意味は十二分にわかるものの、それだけだと野鳥の魅力を伝えにくいのです。
充分に鳥のことをご存知の方はいいのですが、初めて鳥を観る方には、それでは敷居が高くなってしまうのです。
私たちが図鑑以外のお仕事を受けるのは、鳥が好きになる人を増やしたいの一念からなので、何とかしたいと常々思っていました。

「子どもたちが持っているようなカードゲームみたいに、同じ大きさの枠で、それぞれに鳥を大きく載せた図鑑を作りたいの」
と金森さんにお話しをしてみました。
「キクイタダキという小さいけれど魅力的な鳥、図鑑だと、一番小さいからほんとに絵が小さくなるの、でも、可愛さがわかるような本にしたい。1ページ4種、見開き8種、っていう贅沢な本にしてもいいかしら?」
「あ、それ、面白いですね、やってみましょう!」
絵をできるだけ大きく、、、テキストは1種80文字くらい。
80文字ですべての情報を入れるのはとても難しい。ならば、
「初心者方が一番興味を持つ、その鳥の棲んでいるところと、食べているものをアイコンで載せてみませんか?」
と提案してみました。金森さんはワクワクしながら、
「いいですね、楽しそう!」
と仰り、JTBの専門部署にお願いし、地図もアイコンも完璧なものを作ってくださいました。。

タイトルは「図鑑と探鳥地ガイドでまるごとわかるバードウオッチング」。
大人の学びを応援する、るるぶDOシリーズからの刊行。
野鳥は150種、探鳥地は55か所掲載の中身の濃いものです。

・KANKANさんの素晴らしい鳥の写真で幕開け
・野鳥観察の基本的な情報
・見開き8種の贅沢な野鳥の図鑑コーナー
・旬な情報満載の各地の、生きた探鳥地ガイド
・合間合間を繋ぐコラムもたっぷり
奥付にはご協力を頂いたみなさまの御名前全てを、感謝と共に全て記載させて頂きました。

2013年の夏以降は怒涛の展開で、泊り込みで編集作業をされていた金森さんから
「りつこさん、ここあと14文字欲しいです」
みたいな指示を夜中の2時過ぎに頂いて、速攻,打ってお返しする、ワクワクな毎日を、イベントの合間に続けていたのものが、結実したのですから、歓びもひとしおでした。

おかげさまで店頭だけでなく、電子書籍化もされ、多くの方に可愛がっていただいているこの本。
実は、3歳のお子さまのお母様からの読者カードで、想定外のことが起きているのを知りました。
片仮名とアイコンさえ覚えれば、3歳のお子さんでも野鳥図鑑として、この本が役立つとわかったのです。

谷口は、これは図鑑じゃないなぁ、と小声でいっていましたが、このカードを拝見して以降、静かになりました。

表紙は谷口の作品を素材としてお渡しした中から「ハイイロチュウヒとマヒワ」を選んでくださいました。
ちょうど、表紙の絵が届いたタイミングで、懇意にしている印刷会社ベクトルさんに伺うと。
何と、そこにも「ハイイロチュウヒとマヒワ」のほぼ同じデザインが用意されていました。
今は閉廊してしまった、銀座並木通りギャラリーミハラヤでの谷口の個展の案内ハガキでした。

同じ日、同じ時刻に、同じデザイン。
ものすごく素材がいっぱいある中から、「ハイイロチュウヒとマヒワ」が、お互いを知ることのない、JTBとベクトル、デザインのプロの方お二人の琴線に触れた、というのが、驚愕の展開でした。

我が家の座右の銘「困った時の聖子ちゃん」で、速攻BIRDER編集部の田口聖子さんに電話で相談。
「えええええ?!そんなことがあるんですか!?りつこさん、表紙って、担当外の人でも一番意見をいいたがる場所なんです。
それが、そんな偶然で、ほぼ一緒のデザインなんて。すごいことですよ。
決めましょう、それで行きましょう!」
鶴の一声で、どちらもそのデザインを使うことに決まったのでした。

いろいろな想い出の詰まった本がこの一冊です。

ブックカヴァーチャレンジ・チーム谷口編

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ブックカヴァーチャンレンジ・チーム谷口編

文一総合出版刊「”タマゴ式”鳥絵塾」&「新”タマゴ式”鳥絵塾」

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谷口の仕事を手伝い始めて、交渉ごとは全で私がすると決めたときに、これだけはと思ったのが、「谷口の作品が無くなるのを何としても防ぐ」ことでした。
そして「著作権者としての権利を守る」ことにも大きな使命を感じていました。

SNS全盛の時代といわれるようになり、「著作権」や「肖像権」などへ対する世間の意識が、少しは高くなってきているのでしょうか?

谷口と結婚した36年前は、こと、著作権に関してはとんでもないことだらけでした。
命を削るような思いで描いた作品が返ってこないのは当たり前でした。
作品が載っている面にⒸすら入っていないこともほとんど。
図鑑は「図」がなければ成り立たないのに、挿絵といわれることも多々。
作品に対するリスペクトも皆無。
驚くような扱いばかりでした。

「この作品は、版が出来たら返してください」
「何でですか?」
とんでもなく有名な印刷会社とのやりとりですら、こんなひどい様で、ゴミのように作品を捨てられていた時代だったのです。
作品、という意識が相手にはないのですね。

谷口はそれが当たり前、と思っていたようですが、私には理解不能でした。
端からみたら、自分が何日もかけた作品を消耗品のように扱われていることを受け入れるなんて、「バカなんじゃない?」の一言、だったのです。

どうしたらいいか、猛然と著作権のことを勉強し、弁護士さんにも相談をし、ともかくお仕事を受ける時に、こちらの作品へ対する考え方をご理解いただくよう、努力しました。
・描かせて頂く作品の著作権は谷口の死後50年まで、谷口に帰属すること
・谷口が作品を提供している出版物等には、必ず「谷口高司 画」と表紙に文字を入れて頂くこと。
・小学生の図鑑のような体裁のものは、当該ページに必ず「Ⓒ谷口高司」と入れて頂くこと。
・作品の使用目的と範囲を限定してのお仕事としてお受けすること。二次使用は別途相談。
・絵をお返しいただけない場合は、別途取り決めてある、ご注文作品と同じ金額を請求させて頂くこと。

ご理解いただけない場合は、お断りをしてまでも、私は谷口の作品と、その権利を守ることを優先して動いてきました。
それでも理不尽なことが多すぎて、途方に暮れることも度々だったのです。

そんなある日、谷口の幼馴染で、いつもお世話になっている公認会計士の阿部修さんから、今が有限会社を立ち上げるのに、とてもいいタイミングだから、著作権を守るための会社を作ってみたらどうか?とご提案を頂きました。
個人で著作権を守るのは、日本ではとてもハードルが高いと感じてもいた時期だったので、急ぎ書類を作り、1991年4月に谷口と私2人だけの小さな会社「有限会社フィールドアート」を設立したのです。

契約書もないまま進む仕事も多かったのですが、会社にしたことで、著作権を守ること、いろいろな約束事がとてもスムーズに進むようになりました。
相手の方に本気度が伝わるためのアイテムが「有限会社」という「カタチ」だったのかもしれません。
「絵描きで会社ですか?」
と驚かれる方がおられるのですが、著作権を守るためなんですと、その都度ご説明をしています。

そして、会社設立10周年の個展とパーティを杉並会館で開催する時に、何かご恩返しを、と思い、単一イベントとして「善福寺公園での観察会」と「お絵かき講座」を企画したのです。

みなさまにとても喜んで頂いて、ほっとしているところに、「鳥と緑の国際センター」でボランティアをされていた小川五郎さんから「イラスト教室をぜひ!やってほしい」と熱いリクエストを何度も頂きました。

確かに鳥の絵を描けたら、楽しいかもしれない。
いつも大切にして下さる日本野鳥の会にも、御恩返しができるかもしれない。
そんな思いから”野鳥図鑑画家谷口高司と、野鳥を観て、描いて、楽しむサークル”「谷口高司と野鳥を楽しむ会」を立ち上げました。
最初は月一回、観た鳥をその場で描くことをしていたのですが、下見では溢れるほどいたユリカモメが当日はゼロ、ということがあったり、雨で描く場所がなかったりなどで、2年程して、「鳥を観察する鳥散歩」と「座学で絵を描く鳥絵講座」の二本立てで再構築し、現在に至ります。
小学校低学年から86歳のマダムまで、老若男女の方々が、希望する会のみの参加で、同じ空間を過ごし野鳥を学んで頂いています。

活動開始から18年、熱心な会員のみなさまに支えられて、私たちも多くのことを体験させて頂きました。
この間、印刷会社ベクトルさんにもご協力を頂き、お借りするのがとても難しい、環境省の施設「新宿御苑インフォメーションセンター・アートギャラリー」で毎回テーマを決め、10回もの会員作品展を開催、昨年は10回記念のキックオフ企画展もヒルトン東京地下の「ヒルトピア・アートスクエア」で開催させて頂くことができました。

会員に方の中には、ここで学んだことをベースに、様々な活動をされる方もおられて、野鳥を身近に感じて頂くことで、その方の人生が豊かになっていくのを拝見するのも、とても嬉しいことです。
さらに、著作権へ対する意識もみなさまがきちんと持ってくださっているのも、とても心強いのです。

また、毎回会員の方用に作成するテキストをまとめて、 文一総合出版BIRDER編集部の田口聖子さんが御尽力くださり「”タマゴ式”鳥絵塾」、さらに進化させた「新”タマゴ式”鳥絵塾」も上梓することができました。
手法的には、世界中で取り入れられているタマゴのかたちの線をベースに描くのですが、ここに野鳥図鑑画家としての経験値を反映させ、角度やポーズをかえても、生き生きとみえる鳥を描けるよう、表現にも工夫をしました。
「設計図を読み解くように鳥が描ける魔法の本」とみなさまに評価して頂いています。

この本をきっかけに、各地でワークショップの講師としてお招きされ、活動の幅がとても広がったことも、ありがたいことでした。いままで誰一人として描けずに帰った方がおられないのが、私共の誇りになっています。
本の内容については、みなさまぜひ!お買い求めの上ご確認頂ければと思います。

多い年は年に二カ月ほど旅の空の下で、タマゴ式鳥絵塾行脚をさせて頂いていました。いろいろな場所で、多くの方にお力添え頂きながら、満足度の高い講座を開催できたことは、とても幸せなことで、感謝しかありません。
今年はコロナ禍で、なかなか思うような活動は難しいかもしれませんが、できる限り、この活動の火を絶やすことなく進んでいきたいと思っています

ブックカヴァーチャンレンジ・チーム谷口編

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ブックカヴァーチャンレンジ・チーム谷口編
日本野鳥の会編「新・山野の鳥」「新・水辺の鳥」

おかげさまでロングセラー図鑑となった「山野の鳥」「水辺の鳥」から15年。
さらに初心者の方に使いやすい入門編の図鑑を、ということで作られた入門編のハンディ図鑑です。

次男も小学校に入った頃で、私自身の時間もとりやすくなり、さまざまな打ち合わせには、必ず谷口と同行するようになった時期の発行でした。
ちょうど日野に「鳥と緑の国際センター(通称WING)」がオープンした頃で、この図鑑の最初の打ち合わせも新しいWINGで開催されたように記憶しています。

「山野の鳥」「水辺の鳥」を最初に手にした方が、さらに野鳥への興味を深め、高野伸二さんの「フィールドガイド日本の野鳥」へ移行していくような流れにしたい、という考えをベースに、スッタフ全員で意見を出し合う中に、混ぜてもらいました。

私自身、もちろん目録に準じた掲載が必要との思いもあるのですが、実際に家の周りで鳥を観始めたばかりの方には、目録の順序は重荷でしかないのではないか?むしろ、環境順に並べて行く方が、初心者の人には楽しめるのでは?との思いが強くありました。

入門編の本の敷居が高ければ、なかなかその奥にはたどり着くのは難しくなります。
「思い切って、棲んでいる環境順に並べなおしてみてはどうですか?」
と提案したところ、かなり周りがざわめきました。

一番反対をしたのは、谷口でした。
せっかく、目録順で頭に入っているのだから、そこを崩す必要はないとのこと。
しかし、テキスト執筆担当が決まっていた安西英明さんが
「僕は、りつこさんのアイデアは面白いと思う」
といってくださって、さらに喧々諤々。
そのあと市田則孝さんが塚本洋三さんも、
「案外面白いかもしれない、やっててみようか」
となってGOサインが出たのです。

山野・水辺は従前どおり分冊で。
先ずは身近な鳥を深める、さまざまな仕草や特徴、そして当時あまり図鑑に載っていなかったムクドリの若も入れました。
そのあとは、スタッフのみなさまが知恵を出し合って、掲載する場所を決め、それに準じて谷口のイラストをはめ込む、という作業が延々続きました。

それまでは図鑑の1ページ丸々をフィルムで撮って印刷、というのが主流でしたが、この本はPC上でイラストを移動しながらの原稿づくりという、初めての手法を用いました。

いまから22年前では、かなり斬新な手法だったのですが、印刷会社のPCの容量不足からか、校正してもなかなか反映されず、反映されたと思うとその前の校正が直らずに出てくるという、信じられないことが何度も起こり、当時要職におられた塚本洋三さんが、様々な場面で怒り、毅然と現場を仕切ってくださいました。

表紙は美大を出ておられる丹羽康勝さんが、デザイナーさんと相談をし5案ほど挙げてくださいました。
どれもステキで優しい雰囲気だったのですが、谷口の思い描いていたものと違ったため、さらに相談を重ね、1964年東京オリンピックのポスターのような、一斉に鳥が飛び立つデザインに決まりました。
丹羽さんが、背表紙の色、タイトルのフォントなども、とても丁寧に対応してくださったことで、書店でも目立つ本に仕上がりました。


ハンディ図鑑ではありますが、安西さんの強い思いもあり、野鳥観察に必要な情報もたっぷり後半部分に載せました。
マナーはもちろん、双眼鏡の選び方から、野鳥に関連する法律まで載っている、薄いけれど、とても中身の濃い本となりました。

出版された直後は目録順でないのは使いにくい、とお声もあったようですが、探鳥会などではわかりやすいとのお褒めの言葉を多く頂きました。

入門編としての位置づけであれば、このかたちがスタンダードでしょうとなり、続く「新・山野の鳥 改訂版」「新・水辺の鳥改訂版」も同じ様な鳥の並びにし、後半部分もさらにシンプルに情報が届くような工夫がなされています。

日本鳥学会鳥類目録改訂第7版が発表されたとき、あまりの大幅な変更で、鳥の本を作成中の方は何方もがパニックだったことと思います。
我が家もちょうど2冊の本を抱えていて、原稿差し替えで忙しかった記憶があります。

でも、この「新・山野の鳥」「新・水辺の鳥」に関しては、目録準拠ではなかったために、大幅な手直しは不要で、胸をなでおろしました。

今でもこの本を手に取ると、みんなで一丸となって作り上げていく時の歓びや苦労などが思い出されて、何とも懐かしくありがたい気持ちになるのです。

このような恵まれた環境で本を出させて頂くことは、とても幸せなことで、感謝しかありません。

ブックカヴァーチャレンジ・チーム谷口編

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【チーム谷口のブックカバーチャレンジ☆ 

山と渓谷社刊「鳥のことわざうそほんと」

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結婚した当初は、私も理容師の免許をとって家業の手伝いをする予定でした。
でも、長男妊娠中つわりがひどくて学校どころじゃなかったり、明治生まれの姑との折り合いが悪くて6か月で同居を解消したりで、刻々状況が変わって行き、落ち着いた時にまた、考えましょうとなっていました。

長男は元気に生まれてくれたのですが、アトピーがひどく、食事から生活環境まで見直しが必要となり、そのまま子育てに専念。
谷口は頂いたお仕事を、昼間は谷口調髪所の机で、夜は遅くまで自宅で描いていました。
農文協の絵本を3冊描いていた時期です。
とても厳しい編集者さんでしたが、彼女に本のイロハを教わったことで、作画の幅が広がりました。
もちろんその方とは、彼女が本づくりを離れてからも親しく交流があり、いまでも鳥を観に出かけています。

さて、次男が生まれてしばらくたってから、この「鳥のことわざうそほんと」の企画者で、著者でもある児童文学者の国松俊英さんから、突然のお電話を頂きました。
国松さんと谷口は谷津干潟を通してのお友だちです。

その国松さんが、とても困った声で
「出版が決まっている本のイラストレータさんが、もうこの仕事はできません、と途中で降りてしまわれたので、何とか谷口さんに時間をとってもらえないでしょうか?」
と仰るのです。
聞けば、全編、ペン画で、登場する鳥ごとにイラストが必要とのこと。

その頃は、農文協の本に加えて、台湾図鑑(仮)の準備期間にもなっていたので、とても時間をとれる状況でなく、お断りしたのですが、何度も国松さんからお電話を頂き、最終的にはお受けすることにしたのです。
谷口の時間も限られているので、ともかく最短でやりたい、描き直す時間もないのでその辺りをきちんと編集者にも通してください、というのが条件でした。

原稿を送って頂き、編集者は丸投げのなか、谷口が唸ってアイデアを捻り、ラフを何十枚も描き、編集者のOKを頂き、それこそ不眠不休で作画をして締切にやっと、間に合せました。
ペン画はモノクロの世界、モノクロだけで鳥の色を現さなければならず、とても難しいし、手間もかかるものなのです。
出版社から帰ってきた谷口は、とても浮かない顔をしていました。
なんと持って行った原稿の1/3以上が没になったというのです。

ラフをおみせし、調整するべきところはしたうえで、OKを出した編集者が、何故?1/3以上もダメを出せるのでしょう。
少なくとも国松さんの文章から逸脱していない作品です。

谷口の仕事には口を出すまいと思ってはいたのですが、自分でOKを出したものに簡単にNGを出す、編集者としてはあるまじき所業、しかも自身はノープランだったのに。後だしじゃんけんの品のなさを感じました。

生まれたばかりの次男と、まだ手のかかる長男、家に父親はいても深夜まで仕事をしていて、ほぼワンオペ育児だった私も我慢の限界でした。

谷口は
「ボクが頑張ればいいことだから」
と偉そうにいうので、それは違うでしょうと、まず、国松さんに電話をしました。

「国松さんのお願いだからとお受けした仕事ですが、一度OKを出しておきながら、物凄く過酷な状況で描いたものを、簡単に半分近くひっくり返す。編集者としての矜持が感じられません。
これ以上は無理ですので、何方か他の方を探してください」
国松さんもびっくりされ、怒っておられました。

以前、このお仕事を受けていた方も、編集者の二転三転する態度に業を煮やして、お仕事を降りたことをその時初めて知りました。
国松さんもからも編集者に意見をすると仰っていましたが、こちらの怒りは収まりません。

編集者にも電話をして
「山と渓谷社だからお仕事を受けたとお思いですか?
国松俊英さんがとてもお困りだったので、無理を押して受けました。
その経緯は貴方も充分にお分かりのはずです。感謝こそされ、こんな無礼なことをされるとは極めて心外です。
ペン画を描く手間とか想像したことおありですか?
第一、貴方はラフにOK出していますよね、ちゃんと貴方が〇をつけてある証拠もあります。
ともかく、こんな失礼な方とはお仕事はできません。
このお仕事は下ろさせていただきます。
何方か貴方の言いなりになる方をお探しください。
御社には心底がっかりしました。これで失礼します」

自分の仕事を全うしていたら、どんな状況でも毅然としていられる、これは日本中央競馬会に務めていた時に身につけたものです。
伝説の調教師たち相手に
「ハンコ足りないから持って来てください」
「いくら先生でも、それは通りません」
と猛然とNGを喰らわせて上司を慌てさせていた「東京のお嬢:東京競馬場業務課の女性職員」復活の一瞬でした。
もちろん谷口はそんな私をみた事がないので、顔面蒼白で驚いていましたが、脇の甘い男は嫌いなので放っておきました。

一度OK出したものを簡単にひっくり返す、何様?のような編集者の担当する本が、世に出ようが出まいが、困ろうがこちらには一切関係ありません。
こちらは誠意を尽くしたあげくに、土足で踏みにじられたのですから。

そのあと、編集者への、国松さんからの怒りの猛抗議もあって、数点の手直しで収まり、この本は予定通りに世に出ることが出来ました。
この本はその後、国松さんのご尽力で河出書房新社から「鳥のことわざウオッチング」として文庫本化もされました。
「あの時は谷口さんにもとてもご迷惑をおかけしたから報いたかった」
と国松さんに仰っていただいて…感謝しかありません。

今考えると、私も若かったけれど、看過できることではありません。
でも、谷口は、交渉ごとが苦手と心底わかったので、これより以降、理容師になるよりも、谷口の絵の仕事で、私は力になろうと決めた一冊が、この本です。
47冊の著書のうち、これだけの大立ち回りを演じたのは、この1冊のみで、そのあとは極めてスムーズに話しが進むようになりました。

ブックカヴァーチャレンジ・チーム谷口編前夜祭

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facebookで、北海道の大切なおともだち、Y子さんからブックカヴァーチャレンジのバトンを頂きました。
気高い信仰に生きるY子さんからは、いつも優しく愛ある言葉で力を頂いています。

Y子さんからのリクエストなので即答で「もちろん!」とお応えしましたが…
実は私自身のブックカバーチャレンジは、先日7冊すでにご紹介済みです。

今回は、谷口と私の記念碑的な本と、それぞれの想いなどを含めてご紹介できればと思っています。

【チーム谷口のブックカバーチャレンジ☆前夜祭 】

日本野鳥の会編「山野の鳥」「水辺の鳥」

☆バトン疲れという言葉が世にでているとか。
コロナ緊急事態宣言も解除された今、やれる範囲で前をみる時かとも思っています。
なので、このバトンは、山口百恵さんの引退コンサートのマイクのように静かに置いて、おしまいにしたいと思います。

*******

いま谷口の著作は廃版になったものも含めて47を数えます。
気づけばこれだけの数になっていました、というと「え〜!?」と思われそうですね。でも実感がないのが正直なところです。

実際、結婚後20年以上は、谷口は家業の「谷口調髪所」を、日本野鳥の会発祥の地・杉並区善福寺で営みながらの活動でした。
私自身も子育てや、PTA・ボーイスカウトなどの地域での活動、舅・姑・父の介護などで、毎日駆けずり回りながら、打ち合わせや原稿を届けるサポートをしていました。

恵まれたことに、お仕事させてください、とお願いをすることなく、今日まで来られたことがまず、とても幸せなことでした。
2足のわらじを履いていたので、本当にやりたいお仕事だけをさせて頂いたのも、ありがたかったです。
絵が荒れることがなかったことが、今の谷口に繋がっているのではと思っています。

頂いたお仕事を、誠心誠意、締め切りを守ることだけを考えて、理解ある出版社や編集者の方々と、日々を重ねてきた結果が、この冊数になったのでした。

図鑑という地味すぎるフィールドでの出版がメインですので、「夢は印税生活」という冗談もいえない状況ではありますが、谷口の描いた本ならば…と求めてくださる方がおられるかぎり、谷口の経験値を活かした本を出し続けていけたらと願っています。

さて、今回、なぜ、前夜祭にしたかというと。

結婚前の著作物は「バードウオッチング〜野鳥と出会うために〜」と、この「山野の鳥」「水辺の鳥」の3冊だったことからです。

谷口と一番最初に逢った1983年夏の小櫃川河口の探鳥会で、リーダーが
「こないだ発売されたばかりの、山野の鳥、水辺の鳥を描いた谷口高司さんです!」
と紹介した先にいたのが、超くたびれたおじさんでした。

『夏休みのこの時期、女房子どもを置いて自分だけ鳥観ているんだ、変な人』
が私の第一印象。谷口は
『なんだ、この男の子みたいな女の子みたいな変な生き物は?』

史上サイテーの出逢い、あの夏の暑い暑い日差しを、忘れることはできません。

私の前職は日本中央競馬会の職員だったので、お尻を叩いて叩いて絵を描かせてきたのだろう、と思われた方、甘いです!それは…以下続く

母と私の大昔ショット

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お籠り時間が延々と続いていると、facebookのお友だちからいろんなバトンが回ってきます。

私は「7日間ブックカバーチャレンジ」と「着物バトン」だけですが、写真家のお友だちはにっこり笑えるような写真をバトンで繋いでいます。
そんな中、お友だちからこっそりメッセージが来ました。
自分の小さなときの写真に「いいね」をした人に、内緒で小さなときの写真を載せる、というものです。

とはいえ…写真はほぼほぼ倉庫に。

3年前の急な引っ越しで、写真が霧散してもと思って、倉庫に持っていったのです。
さすがに、今このタイミングで倉庫に行くのはと、躊躇していました。

そうしたら、facebook の過去のこの日という想い出を振り返る機能で、3年前の投稿の小さな頃の写真が載っていたので、そのままスライドして再使用。
それがこの写真です。

30歳の母と、おそらく2歳になる前の頃の私。

すでにメンチ切ってます。

母の愛にくるまれてたころの私、これから人生の荒波にざぶざぶもまれもまれていくんだな。
「ま、ちまちま悩むな、どんな出来事も千に一つの無駄はない」
「人生楽しいぞ、タフに生きろ!」
ってあたり、教えてあげたいですね。

後ろに映る小さな家は、父が最初に建てた、府中の平屋の家です。

シベリア抑留生活から帰って10年経たずに、誰の援助も頼まずに、土地を買い家を建てた父は凄いなぁと思います。
このあと、ここに本瓦の5DKの家を建て、さらにそこを処分して、母が今も住む杉並のマンションを購入しました。

父の時代は、
「一生に三軒の家を建ててこそ男」
だったそうで、父としては全ての家に、満足そうにしていましたが、今の時代にはとてもとても、ですね。

父の…とくに終戦からシベリア抑留、帰国直後の辛酸を思うと、今のお籠りでブチブチいってはいられないと、改めて思っています。

着物バトン追記

着物 クリスマスの帯

昨日の「着物バトン」書き足りていないことがあったので追記しました。

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海外に行くときも、必ず一組、着物を持って行くのですが、どの厚さの着物を持っていくかが、難しいです。
袷、単衣、絽、浴衣…
熱い国に絽で行ったら、クーラーが効きすぎて凍えそうになったり、寒い国に袷で行ったら部屋の中が暑すぎて、ということもありました。外気と家の中の温度差まではなかなか読めません。
着物はコンパクトに持ち運びできて、着て行っただけで喜ばれる魔法のアイテムです、
ただ、その場でのお着替えができません。
ありゃ?選択ミス!?と思ってももちろん意地でもニコニコしています。

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写真は、きよしくんのクリスマスコンサート用の帯。
雨でも雪でも、この帯で参戦していて、何回か濡れているのでちょっとよれていますね。
帯はその時期だけ楽しめるものも、あってもいいのかなと思います。
織りも機械の気軽なものだと、肩に力を入れずに楽しめます。

着物は東レシルックの万筋。
左襟に、松竹梅の小さな和刺繍があります。

#着物バトン、まわってきました!

着物 ペンギンの帯

facebookで『着物バトン』が回ってきました。
写真だけ載せればいいようなので、下記のコメントと一緒に数点の写真をだしました。

私の着物生活は17年目になります。
「着物は自分のため、帯は今日会うお相手のため」
選ぶといいと本で知り、心して絵柄や織りを選ぶようになりました。
山階鳥類研究所の所長をされていた時の山岸哲先生が、いつも私の帯を楽しみにしてくださったのも励みになりました。鳥のイベント用に鳥柄を中心に帯を集めています。

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【この帯の説明】

これはめちゃくちゃ気に入っているペンギンの帯。同じシリーズでカルガモの親子もあります。
が!とても締めにくい帯。指が折れるかと思うほどなので根性がある時しか着ません。

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更なる説明はこちら…

七五三は泣いてドレスにしてもらったものの、成人式は親に懇願され、千總友禅に川島の帯という、今考えればとんでもない着物を誂えてもらったにもかかわらず、猫に小判状態でした。

私が着物に興味を持ったのは、ヤフオクで「日本の四季」という新品の帯と出会って一目惚れしたことから。
帯を買ったら着物を、
着物買ったら小物も、
さらには自分で着ないと…
と、毎日稽古でがんばりました。
姉と慕う方が踊りのお名取で、着物のことに精通していたのも幸いでした。
「いいのよ、着てすっとしてれば」といわれると肩の力が抜けました。
姉とは「着物こちどり」で谷根千一箱古本市で2年連続着物で参加し、2年連続賞も頂きました。

いろいろなイベントに着物で出展するようにしたら、多くのお知り合いができました。
一年に一回しかお逢いしない方にも、覚えて頂けるようになtったのも、着物ならではの嬉しいことでした。

仕事で着るときの着物は、作業着。
なので洗濯機でガンガン洗える東レシルック一択です。
お召しのような張りがあるため、着やすいのです。

ただ、帯や着物周りのものは全て絹のものと決めています。
絹には力があるのか、腰紐2本でも、朝6時前から22時過ぎまで1日着物でも着崩れることはありません。

そして、帯締めは「五嶋紐」。
一回締めたら、この締め心地からは逃げられません。未体験の方は是非!
ちなみに私の気物は90%以上ヤフオクです。新品、もしくは新古品限定でも、気軽な金額で入手できます。東レシルックの着物は主にプレタなので、サイズも決まっていて、長じゅばんも既成のもので揃います。
喘息持ちなので臭いは重要ポイント、入札前に確認を忘れずに。
冬に浴衣を、夏に袷を探すとお得なものがみつかります(あ、いっちゃった!)
今までトラブルはありません。

たまたまイベントで着物を着て、その上からハーネスを書けて双眼鏡をかけていたら、その姿が面白いと、神田小川町・のバードウオッチング専門店Hobby's Worldの吉成才丈さんが気に入ってくださって、お店で30話ほど「着物でハーネス」という連載もさせていただいたのも楽しい思い出でです。

どこかイベントでお逢いしたら、ぜひ!お声かけくださいね。

『7日間ブックカバーチャレンジ』番外

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『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編

本を7冊選ぶのはとても大変。
倉庫に6箱くらい行っているので、このご時世、発掘にも行かれずじまいで、家の本棚の中からえらんだものの。
最後に、もう一冊。

「snob」Vol.2 音楽専科社

きよしくんデビュー5周年の記念の年に発行されたムック。
調べてみたら、出版社はもうないのですね。

年160公演ものコンサートも満員、
演歌歌手大定番の、中日劇場・新宿コマ・新歌舞伎座の座長公演も満員。
賞レースも参戦。
という勢いが続く中、事務所が俄然衣装にお金をかけるようになってくれた頃です。

この本は…
何と!あの!THE ALFEEの高見沢さんの衣装を作っておられる大場由香里さんが、「和」をテーマに素晴らしい衣装を、いっぱい作ってくださったものの特集。

この中で一番インパクトの強い赤の衣装で2014年9月6日に「5th Anniversary & Birthday 」武道館公演のオープニングを飾り大成功させたのでした。

まだ初々しいし、めちゃくちゃ顔が疲れているし。
でも、中のグラビアでは、要所要所、いまの彼が望む姿「kii」に通じるところもみられて、ファン的には超記念誌。

この本からさらに、15年。
紅白も連続20回出場。
デビューから20年、ずっと走り続けてきて、やっと今、自分を出せるようになったのだから。
本当に、もう、彼の好きにさせてあげてほしいし。
四の五のいわないでほしいなって。

目線を入れてでもご紹介したくて。
大事な一冊です。

『7日間ブックカバーチャレンジ」5日目

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『7日間ブックカバーチャレンジ』5日目。

36年来の同志、沖縄アカバナーインの青山みどりさんからバトンが回ってきました。

私の5冊目
村上一昭・村上葉子著 NHK出版刊
「テディベアのドールハウス」

この本への想いは…

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今か四半世紀前、「粘土で小さなパン屋さんを作る」という東急ハンズ本店での森山ユカさんのワークショップに参加してから、10年弱、ドールハウスにドハマリしていた時代がありました。

何方かに教えて頂きたいと思ったのですが、”ドールハウスは高尚な趣味”というスタンスの教室が少しあるだけで、思い描いていたものと違いました。
そんな中、池袋西武にある池袋コミニュティカレッジで、村上一昭先生の講座があると友だちがみつけてきてくれて、通い始めました。

村上先生はもともとデザインを勉強されていた方で、いわゆる高尚系な方からは異端児扱いでした。
でも、その先生の作る小さな世界はANAの機内誌の表紙を飾ったり、いろいろなシーンで拝見することが出来、色合いも、雰囲気もとても心にしっくりくるもので、すっかり夢中になりました。

でなければならぬ、という考えではなく、こういう工夫もで来ますよ、というスタンスで教えてくださるので月2回の講座は楽しみでした。きちんとしたボーンチャイナのお皿ではなくとも、お皿はこうやっても作れます、と語りながら目の前で魔法のようにいろいろ作ってくださる。
その頃は廃材やら容器の蓋やらを利用しての、ドールハウス作りをされる方も多かったのですが、どこか貧乏くさい。
それが、先生の作品にはいっさいありませんでした。

講座もですが、レギュラーメンバーのお仲間と一緒にオフ会も山のようにしたし、先生のツアーでロサンゼルスのドールハウスショーにも行ったりもしました。
イギリスに行きたいと思ったのも、本場のドールハウスが観たい!と思ったからです。

私自身の仕事が忙しくなり、欠席が続くうちに、講座もなくなってしまい、お仲間も二人空に旅立ちました。
彼女たちにきちんと御礼も伝えられなかったことは今でも後悔しています。
とても楽しい、今でも、思い出すとほっこりする数年間を過ごせたのは幸せなことでした。

先生の本は何冊かあるのですが、倉庫に行ってしまっていて、手元にあるのはこちらだけ。
この青い色とか、オシャレだと思いませんか?

ちなみに村上先生はデアゴスティーニ社のドールハウスのシリーズを何点も手がけておられます。

『7日間ブックカバーチャレンジ』4日目。

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『7日間ブックカバーチャレンジ』4日目。

マタニティスイミングの時からの同志、沖縄アカバナーインの女将・青山みどりさんからバトンが回ってきました。

私の4冊目

JTBパブリッシング刊
「JTBのマップガイド ひとり歩きのロンドン」

この本への想いは…

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いろいろあって、親子3人の旅を思い立ちました。
25年前のことです。
もちろん「いろいろ」の原因は誰かさんです。
離婚をするか、こっそりみつけた為替で旅をするか。
とりあえずその為替で「旅」を、と思ったら、腹が立っていたことも収まってきて、旅行の計画が楽しくなりました。

何処へ行こう…
そういえば、弟が就職したあと、1年ロンドンに企業留学に行っていて、感情表現が地味な人なのに、ロンドンのことを熱く語っていたっけ。
同じDNAを持っているんだから、きっと私も熱くなるはずだし。
それと、やっぱり、LIBERTYだわ〜、本場のLIBERTYに行きたい!

でも、息子たちにどうロンドン行きを納得してもらうか
当時小学校5年生の長男は電車が好きだったので
「ね。ね。ユーロスター乗りたくない?」
1年生だった次男には
「ね。ね。ロンドンの動物園行かない?」
で、丸っと納めて、初の1週間の欧州行きを決めたのです。

現地でのツアーは到着した日の半日市内観光、一日観光はシェークスピアの生家のある、ストラドフォード・アポン・エイヴォンを予約。
宿泊はタイタニック号の舞踏会のシーンのモデルになった、The Waldorfとそこまでは決まっていても。
あとは自分たちで動く、ユーロスターにモノってパリにも日帰りで行くという、今考えると、かなり、無謀なツアーでした。
でも今から四半世紀も前なので、怖いモノ知らずが3人。誰一人英語は出来ないにもかかわらず、行きたいところに全部行き、ミュージカルまで観て帰ってきたのです。

その時に一番役に立ったのが、このガイドブック。
何しろ地図が完ぺきなのです。
正しい、全うな地図が、粛々と出ている。
その心強さったら、ありませんでした。
これが下手イラストの地図だったら、現地で思い切り途方にくれた事と思います。
その後もふくめ4回の渡英で大活躍した本でした。

2013年にJTBパブリッシングから、「図鑑と探鳥地ガイドでまるごとわかるバードウオッチング」を出版させて頂いたおりに、編集部にも何度か伺い、こちらの出版社の地図にかける情熱が、物凄く真摯で真剣なことを知りました。
そんな会社が作った本だから、私がこのガイドブックに心酔したのだと、合点がいったのです。

『7日間ブックカバーチャレンジ』3日目。

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『7日間ブックカバーチャレンジ』3日目。

マタニティスイミングの時からの同志、沖縄アカバナーインの女将・青山みどりさんからバトンが回ってきました。

私の3冊目
酒井惠美著・グラフィック社刊
「リバティプリントデザイン図鑑 
 LIBERTY FABRICS   世界で最も美しいテキスタイル」

この本を選んだ想いは…

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LIBERTYの花柄の布に心魅かれるようになったのは、たまたま銀座松屋でみつけたマタニティウェアが、LIBERTYのものだったことからでした。
何という柄かはわからなかったのですが、とても心魅かれて、当時の価格で24000円越えのものを、どうしても欲しくなって、エイヤッと根性をいれて買ったのです。
今でも、その時の清水の舞台感、克明に覚えているほどです。

あれから35年、LIBERTY熱は微熱のようにずっと私を支配しつづけ、1996年に初めて英国を旅しした時も、最初に訪れたのは、あのチューダー調の建物、LIBERTY本館でした。
旅行ガイドでしかみていなかった、あの建物の、LIBERTYの布が惜しみなく飾られた吹き抜けに立った時の感動は、いまでも忘れられません。
英国には4回行っていますが、その都度、感動の上書きをするかのように、LIBERTYに足を運びました。

ここ15年ほどで、日本の大きなメーカーがLIBERTYの上質な小物を手ごろな価格で販売するようになり、日本人の肌色に合うスカーフなどに会うと、母に必ず買っていくようになりました。
母もLIBERTYが大好きなので、気楽に贈れる商品の存在は、とてもありがたいです。
谷口もTHE SCOTCH HOUSEのLIBARTYものを勝負服として着ていたのですが、ここ数年は、偶然、みかけたネットショップで、え?という掘り出し物が山のようにみつかり、一生分ねと、揃えてしまいました。

私自身は、きちんとおでかけの時は着物なので、生活の中ではLIBERTYは小物ばかりですが、集めている端切れと一緒で、持っているだけで幸せな気持ちになります。

そして、それらの布の歴史やデザインの意味を、いろいろなネットでかき集めては知識として持っていたのですが、この本に会えて、ポロポロと目からウロコが落ちて行きました。
頁の制約もあるでしょうから、全ての布をカヴァーするまでにはありませんが、とてもありがたい本です。

マタニティウェアの柄は、ウイリア・ムモリスデザインのLodden:ロデン、テムズ川の支流のロデン川から名づけられた、歴史あるものと分かったのもこの図鑑からでした。

銀座松屋で出会った101年前にデザインされたLoddenは、極東の何の予備知識もない20代だった私に、時を超えたデザインの優美さを教えてくれた布でもありました。

『7日間ブックカバーチャレンジ』2日目。

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『7日間ブックカバーチャレンジ』2日目。

マタニティスイミングの時からの同志、沖縄アカバナーインの女将・青山みどりさんからバトンが回ってきました。

私の2日冊目
中村惠美著・リーブル出版刊「RING OF LIFE」

この本を選んだ想いは…

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八王子の秋山知伸さんのトークショーの帰り道に、ばったり逢った惠美さん。

何ともカッコよくて、素敵な風をまとっておられました。

お話しをしてみたら、とても楽しい方で、でも生き方は「漢」。

誰もが憧れるお仕事をなげうち、南極圏へ9回、北極へも苛酷な旅をしながら、
動物を脅すことなく、素敵な写真を撮り続けておられます。

まだお付き合いしてから日が浅いのですが、ずっと前からのお友だちのような
錯覚に陥るほど、大好きな方です。

この本は、デザイナーをされている弟さんもお手伝いくださっているとのこと。
写真集はふつう光沢紙を使うことが多い印象ですが、この本はマットな紙。
だからこそ、写真の奥行きを感じることができます。

命の鼓動が聞こえるような写真が、本という小さな世界にギュッと凝縮され、
観るものの心を打つ構成となっています。

どれか一枚、を選べない、そんな写真集は、私のお籠りの癒しにもなっています。
この本に載っている生きものたちのように、日々をしっかり生きないと、ですね。

『7日間ブックカバーチャレンジ』1日目。

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facebookのお友だちから、バトンを送られた、
『7日間ブックカバーチャレンジ』1日目。
毎日1冊ずつ、自分の好きな本、思い出に残る本を写真だけUPして、お友だちに繋いでいくという…
「読書文化の普及に貢献するためのチャレンジ」だそうです。

私には、マタニティスイミングの時からずっとお友だちでいてくれる、戦友のような、同志のような、Mちゃんからバトンが回ってきました。
ありがとう!

表紙だけを載せても思いが繋がらないと切ないので、こちらに7日間、
・それぞれの本の表紙と
・その本への思いや、想い出を綴っていこうと思います。

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私の1日目の本
高野伸二著・日本野鳥の会編「フィールドガイド日本の野鳥」

私が鳥を観はじめた頃、決定版!といわれる図鑑はまだなくて、
この、「フィールドガイド日本の野鳥」の出版は、行く先々で、
みんながとても楽しみにしていました。
高野さんの本は何冊か持っていて、とてもわかりやすくて、
大好きだったので、私も楽しみにしていました。

そろそろ発売日という時には、
当時、青山第一園芸フラワービルにあった日本野鳥の会の
バードショップに毎日のように電話をして、入荷日を確認。
いよいよ明日!とわかった時には、有給をとって、
開店時間前にはショップのドアの前で待機。

ドアが開いた瞬間に入り、いの一番でこの本を手にし、
いの一番でレジに並んだのです。
一般人として一番にこの本を手に入れることができました。

開店前から中におられた初老の方に
「今の若い人は、中身をみないで買っていくんだね…」
と呟かれたのですが、『は?意味わからない』とスルー。
そのまま帰ってむさぼり読んだのでした。

あまりに面白すぎて、2冊目も購入。

ベッドで読む用、フィールド用と分けて、とても熱心に読み続けました。
私に鳥を見分ける面白さを教えてくれたのがこの本です。

しばらくして、先の初老の紳士が高野伸二さんご本人とわかり。

さらに、当時はまだ本を3冊しか出していなかった谷口と結婚し
11年後、その谷口が
「フィールドガイド日本の野鳥 増補版」
の増補部分を描かせて頂き
さらに20年後には
「フィールドガイド日本の野鳥 増補改訂新版」
で高野さんの絵に直接筆を入れつつ全面改訂をすることになるとは

谷口も50冊に迫る著書を出させて頂いている今、あのときの
高野さんの呟きは、ホントに心に響いてきます。

みんな、本って、出すのめちゃ大変だから、まずは誉めてあげてね。







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